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第32話 主人公

心が痛むなんてもんじゃない。 リオネルと恋人になったのが10日に満たない短い期間でも、俺の人生はこの瞬間の為にあったのかと思う程には充実していたし、甘く、幸せだった。 最愛の人…と呼べる存在を傷付けたい奴なんかいるもんか。許されるならずっとこの幸せな蜜を味わい、浸るばかりの人生を歩みたい。 ──でもこれは、バッドエンドだと思ったから。 薬の効果はすぐに効いて、リオネルを一目見て高鳴った鼓動はゆるやかに、靄のかかった思考はすっきりと晴れて俺が傷付けている大切な人を真っ直ぐに見据えた。 「リオネル。王族として、王子としての責任を思い出して、一人でちゃんと立って欲しい。」 「……ノアの居ない人生なぞ、なんの意味もないというのに」 「そんな事、無いはずなんだ。リオネルはそんな人じゃない」 自堕落に生きられる人なら、ルリの時に苦しんでないんだ。 飲み干した空き瓶を置いて、薄灰色の小瓶と黄色の小瓶を手に取った。 「俺を本当に…本当に愛してるなら、城に戻って、寝る前にこの二本の薬を飲んで欲しい。違う液体にすり替えたり、飲まなかったら俺は二度とリオネルと会わない。今度こそ姿を消して、関わらない」 「……ノアはいつも一方的だ」 「…我儘すぎるって、これで嫌いになってくれてもいい」 俺がリオネルの立場だったら、肝心な事を言わないこんな拒否してばかりの恋人は、嫌だ。 黄色の薬は以前、目の前で作った睡眠薬。薄灰色の薬は、催淫の反対の効果を齎す薬…と言えばいいのか リチャードにも渡すから大量に作った薬だ。 苦い顔をして俺を見ていたリオネルは、深い深い溜め息の後にようやく小瓶を2本受け取った。 「これを飲めば、元通り恋人になってくれるか」 「飲んで、その後も俺を好きだったらな」 「……俺は物語の強制力というのにも抵抗できた男だぞ」 「なら、これも乗り越えてきてくれ。…それじゃ今日は帰って」 「ノア!」 久しぶりに会えたのに、冷たく対応する俺に混乱するリオネルを無理矢理追い出した。俺はリオネルを拒否してばかりだ。 「……主人公とは思えない塩対応…」 お願いだから、言われた通りに薬を飲みますように。 俺はそれだけを願って閉め出したドアの前でしばらく立ち止まっていた。 「………誰が誰だか全然わかんないけど、本当に俺が主人公になったっぽい…すっげー馴れ馴れしく話しかけられる」 「だよね~?研究室って関係者以外立ち入り禁止だから逃げ場としてはかなり便利。僕も薬学始めようかなぁ」 ぐったりする俺の対面でルリが薬草を摘みながら呟いていた。牢で見た時のルリはボロボロだったが、侯爵家に引き取られてから大事にされているらしく元の綺麗な主人公らしい姿に戻っていた。 「ノアールは本当に下手だね。いっそ攻略相手全員を相手しちゃえば楽なのに」 「俺が壊滅的に人を覚えない事を忘れんなよ…」 「変なところ自慢しないでよね、陰キャ。」 俺は学校に復学して、先に復学してはいたが起きた問題の中心に居た事で周りから距離を置かれていたルリを捕まえて話を聞いていた。 「それで…主人公交代って疑ってはいたけどそんなルートあったんだ?」 「そもそもゲームの主人公は細かい見た目なんてなかったよ。ルリだって前世の名前そのまんまだし」 「主人公なのに見た目がない?なんで?」 「……前世でそういうゲーム全然してこなかったタイプ?」 こくりと頷く俺に、「転生先間違ってるでしょ 」と哀れみの目を向けられたが、世界に男しか居ないと知った時点で俺もそう思ってる。 BLゲームというのがどんなものかを説明するルリに、薬草をすり潰しながら俺は耳を傾けていた。 「でも実際、好感度ってどうやって見えるんだろうな?それに主人公交代って言ったって…俺、元々そのゲームの中に存在するキャラだよな?」 「うーん……好感度は数値じゃなくて、好きみたい、すっごく好きみたいって感じでざっくり教えてきてたけどノアールってそういうの感じるのも壊滅的だし」 「悪かったな他人に興味なくて」 「それに、今のノアールとゲームの中のノアールって見た目が全然違うじゃん。ゲームのノアールは眼帯なんてした事ないよ。…僕のせいだけど」 ルリの言葉でハッとした。確かに俺は、サポートキャラのノアールには有り得ない外見の特徴がある。 傷痕が出来た事でサポートキャラではなくなり、それで物語から抜け出せたかと思えばそうでもなく、世界は俺を第二のプレイヤーとして判断したということか。 「…めちゃくちゃだ」 「だよね。元主人公の僕はどうしろっての…モブになったって事なのかな」 「そんな美人なモブが居てたまるか」 「えー?意外とノアールって良い奴?」 二人でぎゃーぎゃー騒いでいると、研究室の扉が開いてリチャードが顔を出した。 「リオネルが復学したぞ」 ポケットに常に忍ばせている薬が存在を主張するようにカチャリと鳴いた。 名前を聞くだけで高鳴る胸は、このひと時だけ許されていた

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