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第33話 物語は始まっている

この国の王族…それも王太子候補として最も有力な最初の子供として生まれたリオネルは、どれほどのプレッシャーを抱えながら生きていたんだろう。 「リオネル・ルナマイト王子殿下が復学?」 「一年間は公務でお休みされていたそうだ。卒業試験は受けずにきちんと学校で学び直されるって」 ざわめく教室での喧騒は、耳を傾ければリオネルの話ばかり。 今日の後ろの席でそれを片目で眺めている俺は薬の効果で心こそ穏やかだが、これはかえって空虚だなと薬の配合を頭に浮かべていた。そんな俺に隣に座るルリは怪訝な顔をして身を寄せてくる。 「ねぇ…モブ達の反応もなんかおかしくない?」 「他の人をモブって言うなよ。…何がおかしい?」 「あ、ノアールはそもそも教室に居る事が稀だった…あのさ」 急に静まり返る教室に、小さな声で話していた俺達もつい黙ると教室の扉から数日ぶりに会うリオネルの姿が見えた。 遠くから見るとやはり威厳たっぷりの男は、学園舞台のBLゲームだから仕方ないとはいえ学生…と呼ぶには少し浮いている。 空いている席を探すリオネルが全体を見渡し、俺の顔も一瞬見はしたが特に反応する事なく教卓に近い席へと歩いて行った。 一番後ろと、一番前。リオネルは正しく薬を服用したらしい。 「…やっぱりもう少し、効果を強めるか」 「なにを?ねぇ、大丈夫なの?ノアール。リオ…殿下まで様子おかしくない?」 こちらを一切振り返らないリオネルに戸惑うルリに、「これでいいんだ」と俺はテキストを開いて学生としての一日をスタートさせた。 「ノアール。薬の追加をくれ」 「過剰摂取するなら服用は許可しないぞリチャード」 歳は同じだが留年した俺とルリより一学年上の教室に通うリチャードが俺のクラスに来るなりふんぞり返って薬を要求してくるもんだから「それが人にものを頼む態度か」と反射で突っぱねた。 「お前の薬が効果薄いのが悪い。ルリに会う度に動悸が止まらん」 「動悸?過剰摂取の症状かもしれないし、詳細聞かせて」 物語の主人公が俺になって、リチャードも攻略対象ではあるが俺と同じ薬を毎日服用しているせいか今のところ俺に対しての態度も変わらず安全圏だ。 「……めちゃくちゃルリにベタぼ」 「それ以上言ったら口を引き裂くぞノアール」 「いやぁ、ルリは主人公じゃなくなったっぽいから他の男は声掛けてこないって言ってたけどなぁ」 「それは好都合だが…ふん。見る目のない男ばかりか」 監視と言いつつ侯爵家の庇護下にあるルリをどうこうしようって人間はなかなか現れないと思うぞと言いそうになって口をグッと結んだ。 「まぁ警戒しておくに越したことはないよな、相手は世界だし。研究室に予備がまだあるから持って来るよ」 「…二度手間になるから俺も付き添うが」 「ルリがお昼買って戻ってくるから、誰も居なかったら寂しいかなって」 言われるなり目の前の席に腰掛けたリチャードはやはりルリが最優先で俺は眼中にない。 ついでにやる事があるから放課後までに薬は届けると約束して俺は一人で教室を出た。 「あ、ノアールくん…今から昼食?僕と」 「間に合ってますさよなら」 前髪が長いな、と一瞬抱いた印象もすぐに忘れる俺の人の覚えなさよ。 休学前は薬の依頼でもなければ誰も話しかけて来なかったくせに、今話しかけてくるってことは漏れなく攻略対象と見て俺は徹底的に拒絶している。…父様達には交友関係を広げなさいって怒られそうだけど、これがそういう物語だと教えていないのだから仕方ない。 こんな敵地とも言える物語の舞台に戻ったのには勿論理由があるし、あのままリオネルを堕落させる訳にはいかなかった。 俺は二度と、自分勝手に生きる代償を誰かに背負わせたくはない。物語なんかに決められた愛で俺という存在を覆いたくない。 (俺は俺として、ちゃんと生きたい) 思えば、俺がサポートキャラだから校内に専用の研究室なんて用意されていたのだろう。いくら父様達が学校に出資したからと言って高待遇すぎる。手放さないけど。 ポケットから鍵を取り出して、カチャリと開場して扉を開いたら後ろから押されて勢いよく研究室に入らされた。 転けなかったのは、俺の腹に回された大きな手が支えているから。 内鍵がカチリと閉まる音がする。感情に一切の驚きが無いのは、服用している薬のせいだろう。 それと、この手が誰のものか知っているから。 「…ちゃんと薬飲んだ?」 「当然だ」 それなら、俺の薬が間違っていたのかもしれない。だって声を聞くだけでこんなにも胸が疼くのだから。 振り向いて、密着する身体からも少し早い鼓動が伝わってくる。 顔を見たら止められないなと予感して、胸元を向いている顔に温かい手が添えられた。 「……もっと地味な眼帯送れよ」 「よく似合っているが、やはり無い方がいい」 眼帯を上にずらされて、自然と上を向いた目線の先には全てを暴く青色の瞳が近付いている。 当たり前のように重なる唇は、相変わらず甘かった。

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