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第36話 ルートの始まり
「ノアール!今日はリチャードも殿下も休みだし放課後は街まで遊びに行こうよ!」
「えー…リチャードの監視無しで出歩いて大丈夫なの?」
「ちゃんと許可もらったしー」
ぷぅ、と頬を膨らませるルリ曰く、今日は有力な貴族の子息達が城に集められているらしい。俺も少し買い物したかったし良いかと頷くと満足気にルリが行きたい場所をリストアップし始めた。
…そうか、見かけないと思ったら今日はリオネルが居ないのか。
気付けば追い回されている身としては、ほっとする所だろうが…どうにも落ち着かないなと次の授業のテキストを開いて文字列を目で追った。
「どう?フラグバッキバキに出来てる?」
「今のところは順調かな。誰が何回来たかとか分からないけど」
「ノアールは貴族なんだから、同じ貴族の顔覚えないのはまずくない?」
二人とも小柄な方だからお互いに気を使わずに歩けるのは楽だ。
ルリは元々明るい奴というか、よくしゃべるから隣に居て飽きないなと久しぶりに来た街並みを眺めながら足を進めた。
「そうは言っても昔からだから…なんか、人間に記憶力割けない」
「これで成績優秀なの意味わからないよね~」
実はゲームの強制力が関わってるとか?と冗談めかして言うルリは本当に原作を愛していたらしく、この世界の細かいところまで記憶している。
雑貨屋やカフェなど可愛らしい物が好きであちこち連れ回すが、俺が薬草を買い足したいと主張すると文句を言いつつちゃんと付き合ってくれる。
断罪のアレコレでお互い余裕なかったとはいえ、あの時は面と向かって嫌いとか言って悪かったな…と俺はどこかで謝る機会が欲しいと思い始めていた。
「生の薬草と乾燥したやつ、そんなに効果違う?」
「変わらない物もあるけど、全然違うのもある。説明するのも難しいから、たまに自分で生の薬草を買いに来てるかな」
「ふーん…ねぇ、香水とか作ってよ。ピンクの薬とか良い匂いしてたじゃん」
「匂い系は作るの大変なんだよ…」
そういえば、臭いと言ったリオネルを閉め出した事もあった。懐かしいなと口元を緩ませて薬草を見ていた俺の左目は眼帯で覆われていて左側の視界が完全に見えない。
だから後ろから迫る男には全く気が付かなかった。
「いッ──」
見えない左の肩を掴まれ、強い力で後ろを振り向かされた俺は勢いに負けて身体がよろめくけれど、知らない腕に支えられて倒れる事はなかった。
「僕とは一緒に出掛けてくれないのに、どうしてこんな平民とは出歩いてるのかな、ノアールくん」
「は?なにお前…ノアールから離れて!」
「平民が軽々しく話し掛けるなよ。ここは学校じゃないんだ」
「……なんかよくわからないけど。ルリに失礼だし、離れてくれ」
倒れそうになったところを支えてもらった事には感謝すべきか?いや、そもそもコイツが無理矢理引っ張ったせいか…と体勢を整えようとすると離すどころか抱き締められて全身に鳥肌が立った。
「あぁ…やっぱり小さくて愛らしいねノアールくん。ね、こんな平民は捨てて僕とデートをしようよ」
「いや、離れろって!話通じないの!?」
「ちょっと、本当に誰…」
「話し掛けるなと言っただろ平民が」
「ッなに、してんだよ!!やめろ!」
両腕は俺にがっしりと巻き付けたまま、ルリの腹を蹴り飛ばした男に怒りが湧くが、俺の力では引き剥がせない。
「ノアールくんが悪いんだよ。学校から居なくなったと思ったらこんな傷を負って帰ってきて…なのに目立つ連中に日々言い寄られてるじゃないか」
「は?誰なんだよお前っ」
「僕を覚えてもくれないの?薬草園に行こうって約束までしたのに…」
ようやく顔を上げて相手の顔を見ると、確かに最近見たような気がする程度の顔だ。薬草園と言えばリオネルが嫉妬した事しか覚えてない。
周りに助けを求めようにも、見るからに貴族の男とは関わりたくないのか遠巻きにされているし、ルリは倒れて咳き込んでいる。
「約束なんかしてない。暴力を働く人間は嫌いだし、俺はお前を知らない」
「………やっぱり駄目かぁ。何度会っても初対面の人と同じ反応されて、僕がどれだけ傷付いてるか知らないよね」
「それは悪いと思うけど、俺は…」
───チリン。
本当に人を覚えるのが苦手でと続けようとしたところで、あまりにも聞き慣れていて、それでいてずっと消えない恐怖を植え付けていた音が俺を支配した。
「あ……」
振り向いた先には、鈴を持って歩く子供の姿。
ほっと安堵する間もなく、引き剥がそうとしていたのに硬直した身体は持ち上げられる。
「やめ、」
「ノアールくん、これ以上抵抗したらそこの平民をもっと蹴ってしまうかもしれないよ。ねぇ、少しデートするだけだからさ」
「……それで、納得するのか」
「ノアール!ダメだって!」
叫ぶルリを更に蹴りつける男の容赦の無さに、俺とルリには対処出来ないと悟って抵抗を止める。
「勿論だよ。さぁ行こう、ずっと準備してたんだ」
頭の奥で靄がかかり、俺の思考はそこで奪われた。
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