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第37話 真のエンディング
考える事を拒否するように、俺を物語の人形に仕立て上げるように。
見えない糸に操られ、男の望むままに俺は差し出された手を握り、馬車へと誘われるままに二人で乗り込んだ。
「ノアールくん、僕は他の奴らとは違ってずっと君を見ていたんだよ」
「…なんで?」
「休学前は薬を売っていただろう?僕も君から沢山の薬を買ったんだ。大丈夫、家に着いたらすぐに証明出来るよ」
薬を買った人。お客さん。
沢山いて、覚えられない。
「薬を売りながら、君も飲んでいたんだろう?時々頬を染めて欲に耐えながら薬を手渡してくる君があまりにも扇情的で…ずっと触れたかったんだ。やっと叶った」
「…」
薬は、自分で治験するから。俺は誰も誘ってない。
安全な薬を提供する薬師でいたかったから。
全ての薬はまず自分で試飲した。でも、周りにバレてるなんて思ってなかった。
(ルリが誰だかわからなかった。攻略キャラじゃない…?)
茶色の髪は前髪がとても分厚く、長くて瞳が見えない。
うっとりと俺を眺めているが、やはり覚えていない相手に湧き上がる感情は無く…何度も蹴られたルリが大丈夫だろうかと心配で、靄のかかった思考を必死に動かし続けた。
「やっぱりこの傷だけは許せないなぁ。……でも大丈夫、僕だけのものになったら醜い傷だってちゃんと受け入れてあげる。」
「ッ…」
俺のこの傷痕を撫でるのは、リオネルだけのはずなのに。
馬車が停まる。待ち切れないとばかりに抱き上げる男に吐き気がする。
どうして俺は、抵抗出来ないんだろう。
「あれ?嬉しくて泣いちゃったかな。今日からここが僕達の愛の巣になるよ、ノアールくん」
「……いやだ」
「大丈夫。すぐに何も考えられなくなるからね」
大きな屋敷だ。街にこの規模を建てられるなら高位貴族…なのにどうして、ルリの知る攻略キャラに居ない?
手が塞がったからと顔を舐められて、この傷痕を見て顔を顰められるより苦しい事があるのかと腕に力を入れようとしたらまた、俺の身体は硬直する事になる。
───チリン、チリン。
「さっき、なんでかなって思ったけど鈴の音が怖いんだノアールくん。大丈夫だよ。僕のお嫁さんになったら怖い思いをしなくなるから」
「…狂ってるよ、お前」
チリン。
ギュッと縮こまる心臓と、恐怖心。最悪な奴に知られてしまったと震える身体を自分で抱き締めた。大丈夫、ここに熊は…
「あっ!そうか!その傷は熊が襲ったんだったね!熊避けの音かな?あんまり悪い事を言うと、森に捨てちゃうかもね」
明るく言い放つ男が真っ直ぐに向かった部屋は、部屋の中心に大きなベッドと部屋の至る所に設置された棚に桃色の小瓶が大量に並べられている。
あまりにも悪趣味で、いっそ森に捨ててくれと願うも予想は裏切られる事なく俺はベッドの上に降ろされた。
「全てを飲み干した時に、ノアールくんが僕のことしか考えられなくなるかなって楽しみに集めてたんだァ…勿論、全部飲んでくれるよね。自分で作った薬だもんね?飲んですぐのノアールくん、見たかったんだァ」
機嫌良く薬を取りに行こうと背中を向けた男の隙をついて、俺はようやくポケットから小瓶を出して灰色の薬を飲み干した。
いや、どんなに強制力が働いててもこんなヤバい奴を素敵だとは思わないだろ。
頭の靄が晴れていく。コイツは攻略キャラじゃなさそうなのに、強制力が働くし…というかルリが主人公の時から俺を見てた?
「ほんと、誰なんだお前…」
「──……ノアールくんは、このゲームのタイトルを知らないのかな」
ポツリと呟きながら振り返った男が手にした薬は、桃色じゃなかった。
「………その薬、どうしてお前が」
「僕の父は騎士で、それなりに役職を持っているんだ。とはいえ押収された薬を手に入れるのは苦労したよ。」
真っ黒な小瓶。それは俺が作って、二度目の断罪でルリに奪われた後に行方が分からなくなっていた睡眠薬の原液。
「ノアールくんが作る薬は全部欲しいんだ。姿を消してる間も遠い街で薬を売っていたよね?僕も買いたかったな」
「……そこまで知ってるならその街に行けば買えるだろ。レシピは薬屋の店主に渡してある」
「ノアールくんが作らなきゃ意味が無いって、わからないかなぁ」
ギシ、とベッドの軋みに後退る。ベッドの転がる空になった小瓶を拾い上げ、「復学してからはアッシュウェルにだけ薬を渡してるよね。ズルいなぁ」と俺が口をつけた所を舐められて鳥肌が止まらない。
「…マジで無理なんだけど。俺、お前とは知り合いも無理」
「なんでそんな酷いことを言うの?…おかしいな、ノアールくんがシステム通りに動かなかったのって、この薬のせい?」
「は?」
急に顔面を鷲掴みにされて、倒される。痛い程に顎を掴まれて口が開いたところに黒い液体を流し込まれた。
「──タイトルは囚われの黒猫は月の悪夢に沈む、だよ。僕のノアール」
ようやく認識出来た黄色の瞳が歪んで笑う。
バッドエンドこそが真のハッピーエンドだと、落ちる意識に囁いた。
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