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第十五章:其の三:淡く消ゆる、涙痕
***荻窪の視点***
日々が淡々と過ぎていく。
あれから何日が経ったのか、カレンダーを確認してはみるけれど、朧(おぼろ)げにしか分からない。
毎日無意識に雨戸を開けて、ちびにごはんを与え、原稿を書き、ちびにごはんを与え、雨戸を閉める。
毎日変わらぬ律動を繰り返す日々だった。
ただ、そこに、高梨がいないだけ──。
居なくても、生きてはいける。
それは分かっていた、荻窪は一度雄二郎を失っているから。
だけど、高梨は親友ではない。
仕事仲間でもない。
友人でもない。
家族でもない。
──愛しい人だ。
あの日の頬の温度はいまでも手のひらに残り続け、高梨がこの家に置いていったものはすべて、そのままにしてある。
ちびのもの以外、触れていない。
例えば、あの雨の日に着ていた荻窪の少し大きな寝間着、何度か貸した薄紺色の着物、いつも背広を掛けていた衣紋掛(えもんか)け。
忘れていったメモ帳や、万年筆。
好んで使っていた湯呑みや食器。
すべて、荻窪は触れずに取っておいた。
というか、触れることができなかった。
位置をずらしてしまえば、消えてしまう気がして。
少しでも触ったら、高梨は幻のように崩れていってしまう気がして。
だから、荻窪は高梨が残していったのもには一切触れなかった。
それこそ、そこに存在しないもののように。
しかし、夕餉の支度をしていれば、つい二膳の箸を出す、お茶を淹れるとき、あの高梨が淹れた渋味の利いたお茶が恋しくなる。
そこかしこに、高梨の残した空気が残っていた。
それなのに、もう、この家に高梨は居ない。
ただそれだけが荻窪の心を、しばれた冬のように締め付けていく。
──ただ、高梨くんが恋しい。
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