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第十八章:其の二:春風に熱き肌添い、夜を編む
荻窪は高梨の肩を抱き寄せた。
無抵抗の高梨が、そのまま荻窪の腕の中に寄り添ってくる。荻窪が愛用している石鹸の匂いが高梨の香りと混ざって、ふんわりとした蜜のような香りになっていた。
「いい匂いがするな、高梨くん。」
「せ、先生と同じ石鹸しか使ってません!」
照れ隠しなのか、荻窪が寄せた顔を、ぐい、と押しのけた。久しぶりのその攻防戦は、荻窪の心を熱くする。
くつくつと低く笑った荻窪は、高梨の後頭部に手を回すと、ゆっくりと唇を重ねた。
柔らかな感触とどこか甘い匂い──荻窪はいますぐにでも飛んでしまいそうな理性をなんとか引き寄せ、それでも名残惜しそうに高梨の下唇を軽く喰んでから、そっと身体を離す。
急いてしまいそうな気持ちを我慢して、高梨の手を引くと、私室へと導いた。
布団の上に座らせてから、荻窪は書斎の石油ランプを消しに行く。その時間は僅かしかないが、高梨に猶予を与えたかった、逃げるならいまのうちだ、と。
揺らぐ石油ランプをそっと消し、できるだけゆっくりとした足取りで私室へと向かった。
怖いなら、寝ているふりをしててくれればいい。
そうしたら、自分は高梨の隣で眠るから。
その反面、待っていてくれたら嬉しいと思う気持ちも膨らんでいた。
高梨と同じように、荻窪自身も高梨の肌に触れることを、焦がれていたから。
書斎と私室を隔てる源氏襖を閉めると、押し入れの襖や障子の白さだけが際立って見えた。
その中で、布団の上に座る高梨の肌までも、白く浮いて見えた、艶めかしいほどに。
荻窪は吸い込まれるように、その肩口へと唇を寄せた。いつかの夜のように、そっと寝間着の肩をはだけさせ、慈しみの口づけをする。
「先生……、」
高梨の声はかすれていて、震えた手が荻窪の寝間着を握った。荻窪はゆっくりと高梨の肩を押し、背中を支えながら布団へと横たえる。
自身は寝間着を掴んでいた高梨の手をやんわりと外し、羽織っていた寝間着を脱ぎ捨てた。
「怖いなら、掴まっているといい。痛いなら爪を立てるといい。」
低くそう言うと、高梨の手を自身の背中に回させた。
「先生、それは……。」
高梨の顔の横に手をついて、首筋に歯を立てる。思いのほか柔らかな歯触りが伝わってきた。喰んだあとそっと唇の表面を這わせてから、高梨に視線だけを向ける。
「私はいまは、『先生』じゃないよ。康路(やすみち)だ、そう呼んでくれ。」
高梨の身体が小さく震えた。
「や、康路さん……。」
戸惑いながらもそう言葉にする高梨に、荻窪は背筋がぞわりと、粟立つのを感じる。衝動的に噛み付きたくなるのを必死で堪え、身体の至るところに唇を寄せた。
高梨が無意識に伸ばしたその手を掴み、手のひらに口づけを落とす。そして、続けて手首にも。まるで誓いを立てるようなその仕草に、高梨はうっすらと目を開いた。
荻窪の無骨な手のひらが、唇が、そしていつもの無精髭が高梨の柔肌をなぞり上げていく。そのたびに高梨は震え、身を捩り、荻窪の背中に回した指に力を込めた。高梨の布団を蹴る音が時折闇に響く。
白く浮き出た高梨の肌が、まるで荻窪を更なる深みに誘うようにさえ見えた。
掴んだ腰の細さ、触れる肌の滑らかさすべてが、誘い込む。
こんなに夢中になるなんて、と思いながらも荻窪はその手を止めることができなかった。
唇を寄せて吸えば、反り返る背中が愛しい。
しっとりと筋肉がついた脚に触れると指がやんわりと沈み込む。
いつしか汗がにじみ出て、それすらも荻窪は舌で味わった。
薄い闇の中で、高梨の目尻に涙が光り、それに荻窪は迷うことなく口を寄せる。
「康路さん、もう、独りにしないでください……、」
息をつく間もないほど追い立てられた高梨が、呼気の合間にそうささやいた。
「ああ、ずっと傍にいてくれ。私は駆流くんじゃないとだめなんだから。」
そう言って、荻窪は高梨の最奥を穿った──。
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