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第十八章:其の三:春風に熱き肌添い、夜を編む

 ***  気がついた頃には、雨戸から薄く朝日が入り込んでいた。荻窪の腕の中で安心したように眠る高梨の額に、触れるだけの口づけを落とす。 「駆流(かける)、一緒に堕ちてくれないか……。」  手放すつもりはないけれど、高梨本人が強く願えばそれは叶わない。  荻窪は祈りを込めて、そう小さくささやいた。 「……康路さん、僕はあなたとなら、地獄の門も叩きますよ。」  いつの間にか起きていた高梨が、くすりと笑う。昨晩の行為で、声はかすれていたが。  荻窪は、まさか高梨から「地獄の門」という言葉が出てくるとは思いもよらず、切れ長の瞳を丸くした。 「大胆だな。」  喉の奥でくつくつと笑う。そうして高梨の肩を抱き寄せた荻窪の手は、今度は逃さないという決意の強さが込められていた。 「康路さん、僕ね、きっと一人でも生きていけるんです。だけど、心がずっと──叫んでいたんです。」  そう言って高梨が荻窪の首元に頭を寄せる。 「康路さんに会いたい、傍にいたい、離れるのは嫌だと。」  す、と高梨が起き上がって、荻窪を見下ろした。  その肌には、昨晩の情事の跡が色濃く残り、より一層艶を引き立てる。荻窪は思わずその煽情的な姿に喉を鳴らした。 「あなたのすべてに魅せられているんですよ。」  そう言って、高梨はゆっくりと身を屈める。  寄せた唇は、荻窪の喉仏へとたどり着き、ゆっくりと優しく喰んだ。高梨の白い歯がゆっくりと離れ、赤い舌がちろりとそこを舐め上げてから、今度こそ離れていく。その感触に荻窪の手がかすかに動いた。 「んっ、」  初めての感覚に、荻窪は思わず声が出てしまう。  それを見た高梨はいたずらっ子のように笑みを浮かべ──ふと、書斎へと目を向けた。居間のほうでちびが暴れる音が響いているのが、荻窪の耳にも入ってくる。 「ああ、先生、ちびが呼んでいますよ。朝ごはんでしょう。」  そう言って、ゆっくりと身体を起こした。  昨晩荻窪がはぎ取った寝巻に、袖を通す。ゆっくりと振り返った高梨は、「先に行きますね」と私室から出て行った。  後に残された荻窪は、高梨が久しぶりすぎるのか、それとも肉体までも契ったせいなのか分からないが、その妖艶さに頭を抱えるしかない。  あの、快活な青年の内側に、こんなにも艶やかな姿があるなど、だれが想像するだろう。  自分が過去に鎧のように使っていた「自分は妖艶な女が好みでね」という言葉が、そっくりそのまま返ってきているようだった。  高梨は女性ではなく、男性だけど、荻窪の想像を超えた艶めかしさを秘めていた。  してやられた気分だ。  荻窪は自身も昨晩脱ぎ捨てた寝巻を羽織ると、布団を丁寧に畳み、洗濯するものと仕舞うものに分けてから、書斎を抜けて、居間へと向かった。

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