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第十九章:其の三:外伝一章 幸代の場合
せっかく入れてもらったお茶だ。飲まないわけにもいかない、と幸代は湯呑みに手を伸ばした。いつもきっと淹れ慣れているのだろうという、印象のお茶の温度。熱すぎない湯呑みに、幸代は荻窪がお茶を入れ慣れてないはずがない、と思えた。
「あ、あの、お、荻窪先生はどうして……、」
聞こうと思ったことは、なんだったのか。お茶をうまく入れられることがてきるのか、それとも。
「怪異譚」をかいているのか。どちらを聞くべきかを迷って言葉を切った。
「私がどうしたんだい? 怪談を書くような男に見えないかい? ──ああ、それとも、なぜお茶を入れることができるのか? ってことかな?」
荻窪は、幸代を見て口の端に薄笑みを浮かべた。まるで聞きたいことは分かっているよ、とでも言うように。あと一歩踏み込めば、荻窪からは恐らく、想像以上に突き放す言葉が出てくるだろう。幸代はそれを簡単に想像することができた。
「お茶だけは、僕が担当になる前から淹れることができましたよね、先生。」
す、と空気を割るように、高梨がお茶を啜った。飲んでから、少し温めですか? とぼそりとつぶやく。
「先生は熱めのお茶を好まれるのに珍しいですね?」
と疑問を投げかけてから、つい、と幸代を見て、それから荻窪を見た。高梨は視線で荻窪になにかを伝えたのか、それに対して荻窪は少し困ったような、柔らかな笑みを浮かべる。
熱めのお茶を好む男が、今日は温めのお茶を入れた、それはすなわち幸代への配慮でもあるのだろう。それを視線だけで高梨は荻窪に問うて、柔らかな笑みで荻窪が返したのだ。
どこか感じる疎外感。
言葉では歓迎されているのに、空気感には馴染めない自分自身が異物感。幸代はなんだか居たたまれなくなって、お茶を飲むのもそこそこに台所へと足を向けたくなった。
居住まいを正した幸代が「私、そろそろお夕飯の支度を……」と、言いかけて立ち上がり、足を向けたとき高梨は自分も手伝おうかと声をかけてきた。幸代はそれを素直に受け取るべきか、断るべきか……荻窪を視界の隅に入れてしまった。
視界に入った荻窪は、別段際立った表情を浮かべてはいなかった。ただ、幸代の後を追いかけて手伝おうかと問うた高梨の横顔を見ているだけだ。幸代は言葉を出すことを逡巡した。そしてそれは、荻窪にひと言を引き出す時間を与えてしまったと言っても過言でもない。
「高梨くん、一緒に料理をするような間柄の女性が居たとは思わなかったな。」
その声色はどこかからかいを含んだ声だ。静かで、次に高梨がどう反応するのかを期待するような声。
「わ、私、一人でできるから! 大丈夫だから」と慌てて否定して、幸代は「お台所をお借りしますね」と足早に姿を消してしまう。
高梨は高梨で、そんな言葉を放った荻窪へ少し意地の悪い目でじろりと睨んだ。あれじゃさっちゃんが居づらくなるでしょうとでも言いたげに。
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