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第ニ十章:其の一:外伝二章 香世の場合
じりじりと焦げつけるような太陽の熱線は木陰に入ったくらいでは遮りきらない。この暑さ、気温だけで料理でもできそうだね、と着物の袖口で汗を拭った。
濁音がついたような蝉の鳴き声に半ば苛つきを覚えながら、爽やかな青色をした薄い夏用の着物を着たこの女性、名前を香世(かよ)という。
荻窪(おぎくぼ)がよく行く定食屋の主人でもあった。
香世の知る荻窪は、大きな体躯(たいく)に小さい肝っ玉、幽霊なんていないんだ怖いんだと言いながらも生活の糧は怪奇譚、というなんとも風変わりな男だった。
こういうのを見掛け倒し(ぎゃっぷもえ)、とでも言うのかね、と思いながら、いまもまた、開店前なのにも関わらず、腹が減ったと店の前でうろうろしているに違いない。
木陰で休んでいたら、また文句の一つでも言われそうだ、と香世は仕方なしに店を開けるため歩き出す。
なんて暑いんだろう。陽射しを遮るように手をおでこにかざしてみるが、大して涼しくなるわけでもない。
ざ、ざ、ざ、と足を速めて歩いていけば、案の定店の前には大きな体躯を小さく丸めて、いつぞや保護したと言って押し付けて来た黒猫と戯れる荻窪の姿があった。
「あんた、本当にまぁまぁ、面倒がみられないからってうちに連れてきたみけと戯れるだけ戯れてさ、自由気ままもいいとこだねぇ。」
まったく、という意味を込めたため息とともに、香世は店の入り口の鍵を開ける。
みけ、とは、高梨がいつぞや、荻窪宅に向かう途中で、雨の中鳴いていたところを保護した黒猫のことだ。
黒猫なのに「みけ」という名なのには、ちゃんとわけがある。
『金色の瞳に黒い毛、お腹には白い模様。ほら、三色だろう、だからみけだ。』
なぜか自信満々にそう言いながら、みけのお腹を見せてきた荻窪に、呆れてしまった。
「ほら、入んな。」
荻窪には少しきつめに。そして、黒猫のみけには優しく「待たせたね、お入り」と。
ふぁあああ、と情けなく大きなあくびをして伸びをしながら店の入り口から中へ入ろうとして、がん、と頭を戸口にぶつける荻窪に、香世はやや冷たい視線を向ける。
荻窪はかなり大柄な男で、戸口は大抵かがまないと通れない。それなのに伸びをしながら入ってくる間抜けさに、香世はただただ呆れてしまう。
「ああ、痛い! と言ったって、私はあんたの怪我は治療しないよ。高梨某(なにがし)にでも頼むんだね、いつも居るんだろ?」
香世は割烹着(かっぽうぎ)を身に着けながら、めんどくさそうに手を振った。
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