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僕とオセロとゴミ箱と

 毎週土曜日は、士狼(シロウ)がずっと家にいてくれる。  平日はずっと留守番をしている羊真(ヨウマ)の、遊び相手になってくれるのだ。  午前十時ごろ。 「ダメだよ士狼、虫アミで住民叩いちゃ」 「違うって、話しかけようとしたら、つい……」  ソファに並んで座った二人は、スローライフゲームで遊んでいた。 「ねぇ、士狼。このあたりにバーを作ろうと思うんだ」  土地を指し示すように、羊真のアバターがクルクルと野原を駆ける。 「いいね。どんなふうにする?」 「ほら、僕らが初めて出会ったバー覚えてる? あのお店っぽくしたいんだ」  「あぁ」と士狼が思い出して声をあげた。 「こんどさ、あのバーの写真撮ってきてくれない? 外観だけでいいからさぁ」 「わかった。撮ってくるよ」 「えへ、ありがとう」  画面に別の住民が入り込む。  ジョウロを持ったその子は、お客さんの士狼を目で追いながら、どこかへ向かって歩いている。  話しかけようと思ったのだろう。  間抜け顔の士狼のアバターが、住民に向かってトテトテと歩き……  また頭に向かって虫アミを振りおろした。 「あっ」 「だからダメだってば」 「だから違うって」  ばつの悪そうな顔をみせた士狼が、無性に愛らしかった。    ***  午前十一時ごろ。 「あっ、待った!」  相変わらずソファに腰かけている羊真は、手を伸ばしてそう求めた。 「オセロに待ったはないよ」  羊真の隣にいる士狼に、願いを一蹴(いっしゅう)される。  無情にも、一手だけでたくさんの石をひっくり返された。  この手のゲームでは、羊真はいつも士狼に負けてしまう。  それでも、二人でしかできない遊びをするのが楽しくてたまらない。 「……っ、もう一回だけやらせて! 今度は僕が後攻で!」 「いいよ。なんどでも相手になる」  士狼が余裕に満ちた笑みを浮かべた。  石を並べなおしながら、士狼が口を開いた。 「羊真。さすがに可哀想だから、コツを教えてあげよっか」 「……お願いします」  『可哀想』という単語に唇を尖らせながらも、羊真は聞く姿勢を示す。 「オセロって、角の四マスが重要だろ? ここに置いてしまえば、どんな手を使ってもひっくり返せない。だから、角に置かれるのを防ぐように立ちまわらなきゃいけないんだ」  士狼がオセロの盤を指さす。 「盤面の黒い点の外側にあるマスに石を置いてしまうと、相手に角を取られやすくなってしまうから、避けるようにするんだ」  「わかった」と、羊真は士狼から教わったことを意識しながら、石を置き続けた。  中盤に差しかかったころ、羊真はやっと気づく。  石を置ける場所が、避けなければならないマスしか残されていないことに。  ジト目で士狼を見つめると…… 「ん? どうかした?」  とぼけたような声が返ってきた。 「僕、きっと士狼に一生勝てないや」 「そうかな? まだ勝負は終わってないだろ?」  結局、余裕に満ちた表情の士狼に、角をすべて取られて負けてしまった。    ***  十二時。  二人は昼食をとりはじめた。  今日は一切の家事をやらなくて済むよう、昨日のうちにたくさん料理を作っていた。  野菜炒めに中華風の卵スープ。  棒棒鶏(バンバンジー)にワカメのサラダ。  昼間からテレビを見られるのは、士狼がいる休日だからこそだ。  映画だけでなく、テレビの視聴も止められている羊真は、まるで学校を休んだ小学生のような気分でバラエティ番組を見ていた。 『〇〇〇〇で、抹茶とさくらのプリンが期間限定で発売中です』  春のコンビニスイーツの特集で、画面に大きくプリンが映し出された。  やや丸みを帯びたプラスチック容器のなかに、抹茶味のプリンが入っている。  そのうえに、まっしろなクリームがたっぷりと乗せられている。  さくら風味のソースと花びら型のチョコレートが華やかだ。  これがコンビニで買えるなんて信じられない。  美味しそうだなぁ。  羊真はやや痴呆的な表情でテレビに魅入る。  羊真は甘いものが好きだ。  実家ではあまり食べさせてもらえなかった反動か、大人になってから菓子やスイーツに傾倒した。 「明日買ってくるよ」  顔を正面に向けると、士狼から優しげな笑みを浮かべられた。 「いいの? ありがとう!」  羊真は顔を綻ばせて礼をした。 「士狼ってすごいよねぇ。なんで欲しいものがわかっちゃうの?」  まるでエスパーみたいだ。  羊真は嬉々として訊ねる。 「羊真が自分の欲しいものを言わなすぎだから、顔で察するしかないんだよ」 「そうかな? いつも言う前に士狼が買ってきてくれるんだもん」 「たまには羊真からねだってほしい」 「うん、そうする」  とだけ羊真は返す。  すると士狼はどこか不服そうな表情を浮かべた。  羊真はどうせ、これからも物をねだらないとわかっているのだろう。    ***  午後一時をまわったばかりなのに、浴室に明かりが灯されている。  お守りを外され、風呂椅子に座る羊真の腰には、痛々しい青あざが残っている。  柔らかな皮膚が硬い金属に負けてしまったのだ。  数日ぶりに解放されたペニスは健気(けなげ)に起立している。  小ぶりな陰茎は白く、性の経験に乏しいことが明らかだ。  羊真の正面に、士狼が座り込んでいる。  彼が石けんを泡立てるのを、羊真は借りてきた猫のように見ていた。  まともに洗えなかった恥部が、士狼の手に包まれる。 「んんっ」  羊真の甘い息づかいがタイルに反響した。  全体を、ゆっくり、ゆっくりと、上下になでるように清められる。  石けんがローションのような役目を果たし、背中にトリハダが立つほどの快感に襲われる。  「ダメっ、士狼」暴発の予感に羊真は叫んだ。「射精()ちゃうっ」 「大丈夫だって」  一方、士狼は子供をなぐさめるような声色で…… 「羊真はイかないから」  と断言した。  禁欲の蜜が、恥肉の先からあふれ出し、石けんと混ざり合う。  綺麗になっているのか、かえって汚れているのか……まったくわからない。 「これじゃ、洗い終わらないな」  士狼がどこか楽しそうに呟く。 「も……もういい、もういいから……!」 「ほら、ここなんか、こんなに汚れが溜まって——」 「あっ! やあっ!」  羊真の艶やかな叫びが、士狼の声をかき消した。  蕾のようにほんのり色づいた亀頭と、白い陰茎の境目を、容赦なく扱かれる。 「駄目、だめ、だめ、ダメ……!」  風呂の湿気と自身の熱で、頭がクラクラしはじめる。  射精の文字に脳が支配される。  もう、いっそのこと、このまま—— 「うん、そろそろいいかな」  士狼にパッと手を離された。 「ふぅ……ふぅ……っ」  マグマのように煮えたぎる肉欲と戦う。  白い泡に包まれた陰茎が切なく跳ねた。  それでも羊真は風呂椅子の端を両手でつかみ、懸命に耐えたのだった。    ***  士狼に抱きかかえられた羊真は、ベッドに降ろされた。  暗闇に目が慣れるまえに、士狼の抱擁を受ける。  互いの体が熱いのは、風呂のせいだけではない。  羊真はこの日をずっと楽しみにしていた。  毎週土曜日。  ……唯一、お守りを外し、封じられた性を満たせる日を。 「さて、どうしてほしい?」  士狼の精悍な体に抱かれながら訊ねられる。 「たまには羊真からねだってよ」 「えっと。射精させてほしい……です」  かぼそい声で言いきった。 「どうやって?」 「お風呂でやってくれたみたいに、手で、優しくさわってほしいです」  尻すぼみになりながらも、羊真はこたえた。 「壁に背中つけて、足開いて」  士狼に解放された羊真は、彼の指示に従った。  乳白色の壁に背を任せ、運動不足な両足を開く。  期待しきったペニスを差し出した羊真の瞳に、情欲の炎が揺らめいた。 「背中、ちょっと浮かせて」  上体を少し丸める。  羊真の背中と壁のあいだに、士狼が平べったいクッションをさしてくれた。  「ありがとう」  羊真が礼を言うころには、士狼は別のことをしていた。  四角い銀紙の封を開け、黄みを帯びたゴムの塊を取り出した。 「すこし我慢して」  慣れた手つきで、コンドームを装着させられる。 「ん……っ」  それだけで、羊真は喘ぎに似たうなり声をあげた。  呼吸を荒らげると、ゴムの独特な臭いに鼻を刺された。 「羊真ってさ、自分から欲しがらないよな」  薄膜の上から男の証を握られる。  恋焦がれていた刺激に、羊真は感嘆の声をもらした。 「言ってくれれば、こんなふうに可愛がってやるのに。いつでも、なんどでも」  握ったり、離されたりを繰りかえされる。 「まさかとは思うけどさ。遠慮してんの?」  短く整えられた爪で、鈴口を軽くくすぐられる。 「それとも。我慢するのが好きになっちまったのか?」  ゆっくりと扱かれる。  温かい手の中で、冷たい快感に襲われる。  すべての刺激を遮られてきた陰茎は、極端に弱くなっていた。  終わりのみえない愛撫に、羊真は理性を手放してしまいそうだ。  羊真は奥歯を噛みしめる。  立てていた膝に力が入らなくなり、長座に近い座り方になる。  足を情けなく震えさせ、快感を逃そうとする。  「羊真」と呼ぶ彼の息は甘い。 「そろそろ終わらせよっか」  士狼の大きな手の中で、小さな恥肉が踊らされる。  絶頂の予感に、頭が真っ白になる。  「イく、イく」と啼くだけの動物になる。 「イく……ッ‼︎」  天井を仰ぎ、羊真は体を硬直させた。  ゴムに包まれた男性器。その先から、白いとろみがあふれ出す。  コンドームの内部を押し広げ、精液だまりをぷくっとふくらませた。 「あっ……あぁ……ん……っ」  ペニスが跳ねるたびに、脳が焼けるような性感を覚えた。  気をやっている最中(さいちゅう)も、士狼は恥肉をなでてくれた。  萎えた肉茎からコンドームを外される。  快楽の残骸が溜まった避妊具の口を士狼が結び、ゴミ箱にそっと捨てられた。  射精した姿勢のまま、士狼に口づけをもらう。  心地よい疲労感に任せて舌を絡ませると、自然と甘い息がもれてしまう。  『今日までよく我慢できたね』と、褒められているような気がした。  もしかすると、このキスのために射精を我慢しているのかもしれない。  強く抱きしめあった時。羊真は肩に熱を感じた。 「……ッ!」  士狼に噛まれたのだ。 「あぁ……士狼……っ」  羊真は士狼を愛おしく思った。  士狼が噛みつくのは、彼自身が昂りを感じた時だけだから。    ***  徹底的に甘やかされた羊真の肩や腕には、いくつもの噛み跡がのこされていた。 「羊真」  かろうじて理性を手もとに残しているような声だった。 「これからどうしてほしい?」  ベッドにうつ伏せに倒れ込んだまま、羊真は乾いた唇をふるわせる。 「い……いつも、どおり……っ。うしろから、かわいがってほしい……っ」  羊真はフラフラしながら上体を起こす。  士狼の顔をうかがうように、ゆっくりと振りかえった。  漆黒の瞳の奥に、危険な光が宿っている。  乱れた黒髪をかき上げた士狼は、彼用のコンドームの箱から、包みをひとつ取り出した。  士狼の男根は天を穿(うが)つようだ。  浮き彫りになった血管と、張った亀頭からは、若々しいエネルギーを感じる。  切っ先がすこし湿っている。  まるで、獲物を前にヨダレを垂らす狡猾なオオカミのよう。  羊真のよりひとまわり……いや、ふたまわりほども大きく、雄々しい猛りを前に、お腹が切なくなる。  背中を押さえつけられ、優しい口付けを受ける。  姫に忠誠を誓う騎士が、手の甲に落とすキスのような……  その直後、無慈悲な侵略が始まった。 「んん……っ‼︎」  士狼の熱が、体の中へ這入(はい)ってくる。  たっぷりほぐされたとはいえ、怒張を呑みこむのはひどく苦しい。  だが……この痛みも、彼の愛情だと思えば受け入れられる。  背後に士狼の熱と吐息を感じる。 「あ……ん、んぁ、う……っ‼︎」  劣情と愛を一身に受け、羊真はうめきに近い喘ぎ声をあげる。 「……ぅあっ!」  ソドムの悦びが、腹の奥から泉のように湧きあがる。  体がカァっと熱くなり……羊真は早々に気をやった。  暗澹(あんたん)としたこの部屋での、歪んだ行為の果て……  士狼の肉槍が、腹の中で跳ねた。  その刺激で、羊真も軽い絶頂に至る。  ゆっくりとペニスを蕾から引き抜かれる。  異物感が消え、羊真は安心と同時に切なさを覚えた。  ふたたび上体を起こして、士狼を見る。  彼は陰茎から避妊具を取るところだった。  薄膜の中に溜まった精の量に、羊真はドキッとしてしまう。  士狼もまた、羊真との行為を楽しみにしていてくれたのだろう。  使ったゴムを捨て、いまだに強張っている陰茎をティッシュで軽く拭いた。  そして……士狼が新しいコンドームの封を開けた。    ***  ときどき休みを挟みながら、二人は逸楽に耽った。  体を清め、お守りを着けてもらうころには、日付が変わっていた。  士狼がベッドシーツを替えるなか、羊真はゴミ箱を覗きこんだ。  いくつものコンドームと、無数のティッシュが積み重なっている。  ケダモノのような行為を思い出し、羊真は赤面した。 「羊真、おいで」  ベッドメイキングを終えた士狼に手招きされる。  羊真は口元に笑みを浮かべた。  そして、生々しいにおいと湿気がのこる寝室で、羊真は士狼と共に眠ったのだった。

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