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俺と弁当とSFと

 士狼(シロウ)はとある田舎の名家に生まれた。  小学校にあがると、女の子に非常に好かれた。  士狼を目当てに、わざわざ休み時間に教室までくる子もいた。  自分はとびぬけた美貌の持ち主なのだと自覚したのはそのころだ。  先生からも好かれた。  成績優秀で、問題も起こさなかったので、『扱いやすい生徒』と思われていたのだろう。  男子からも一目置かれる存在だった。  運動神経もよかったので、サッカーやドッチボールといった遊びに誘われた。  まさに士狼は恵まれた人間だ。  ……まわりの奴らはそう思っていたに違いない。    ***  両親のあいだには愛がない。  子どもの目から見ても、それは明らかだった。  名家同士の結婚で、面子(めんつ)を穢すわけにはいかないのだろう。  ただ籍を入れているだけの状態だった。  士狼を産んだのも、ただ跡継ぎが欲しかっただけだろう。  父は仕事にかまけていて、いつも家を空けていた。  『外に女がいるのでは』とまで士狼は思っていた。  母は体裁ばかり気にしていた。  他人のまえでは愛想を振りまくくせに、家の中ではいちども笑顔をみせたことがない。  家族は士狼に関心を寄せてくれなかった。  唯一、祖父だけが可愛がってくれた。  しかしそれは『士狼が跡継ぎだから』という、理由つきの愛情だった。  士狼が高校生になったころのこと。 「……やっぱ、大学行くのやめた!」  無駄に広い台所で、士狼は声を荒らげた。  近所の人に惣菜を買うところを見られたくないという、無駄に気位の高い母の背に向かって。 「なにもしないでも生きられるもんなぁ! ずっと働かずにいようかなぁ!」  全力で止めてほしかった。  冗談でもこう口走ったことを叱ってほしかった。  それなのに、母は「ふーん」と生返事をするだけだった。    ***  ある日の夕方。 「……で、どうしたの」  学校の屋上に呼びだされた士狼は、素っけない態度で訊ねた。  その人は、学校でも可愛いと褒められている女子だった。  燃えるような日に照らされた、清楚な黒髪が風で揺れた。  「士狼くん」深呼吸した。「私、士狼くんのことが好きです。付き合ってください」  翌日の昼休み。 「どーして断っちゃうかなぁ」  喧騒から離れた特別教室。  垢抜けとはほど遠い容姿の同級生に、呆れたように溜息を吐かれた。  「別に。好きじゃないし」  士狼は関心がないのを隠さずにこたえた。  いままで、士狼はなんども告白された。  どうして自分を好きになったのかと訊ねれば、全員が『かっこいいから』とこたえる。  うんざりだった。  誰もが士狼を『自分を輝かせるアクセサリー』くらいにしか考えていないのが透けてみえた。 「好きじゃないってさぁ。だって○○さんなんだよ? あの学校イチ可愛いさぁ! ……女子たちがウワサしてんの聞こえたよ? ○○さんの告白を断った士狼はひどい男だってさ」  同級生が説教じみたことをいう。  士狼が持たされた弁当を、うまいうまいと処理してくれながら。 「好きじゃないんだって」  士狼は購買部の菓子パンを(かじ)った。 「だからって……だからってさぁ。うーん……」  どう返そうか頭を悩ませはじめた同級生。  学校でいちばん可愛いといわれている女の子より……彼のほうが魅力的だと思った。  昔から、興味を抱くのは同性ばかりだ。  特に、飾りけのない平凡な男性を好んだ。  きっと羨ましいのだ。  普通でいられるということが。    ***  東京の大学に進んでも、士狼を取り巻く環境は変わらなかった。  誰とも親密な関係を築けない。  寄ってくるのは、面食いの女子かスカウトばかりだった。  知らない土地で、士狼は故郷で感じた以上の孤独に押しつぶされそうだった。  寂しさを感じたとき、士狼はひっそりと佇むバーに行く。  ここには、見た目だけに惹かれて声をかけてくるような人間などいない。  数人が静かに酒を愉しむ空間が心地よかった。  その日、バーにいたのは一人だけだった。  黒のスーツを着た青年だ。  いちども染めたことがなさそうな癖っ毛。  小柄なため、足が床からやや浮いている。  後ろ姿になんとなく惹かれた士狼は、彼のとなりに腰かけた。  顔立ちからは幼さを感じた。  未成年か。とも疑った。 「士狼くんってさぁ、小説とか読むの?」  彼……羊真(ヨウマ)に訊ねられる。 「いや、俺はあんまり。そう訊くってことは、羊真は結構読むのかな」  「うん」と羊真があどけない笑みを浮かべた。 「最近、○○の小説にハマってるんだ」  それは、日本人なら誰もが知っているだろう明治時代の文豪だった。 「昔の小説って読みにくかったりするでしょ? 国語の教科書に載ってるやつなんか特にそうだけど。だけどさ、○○が書いたのって読みやすいんだよねぇ。特に××なんて子供向けだからさ」 「○○といえば推理ものってイメージだけどさ。羊真って、推理小説が好きなの?」  そう訊ねると、羊真が「うーん」と唸った。 「推理小説も好きだけど……ホラーのほうが好きかな」 「意外だな。……ホラーも書いてたんだっけ」 「そうだよ。たとえば——」  居心地がよかった。  羊真は、ただ友達と話すような口調で言葉を交わしてくれる。  自分をよく見せようとしていた奴らとは、なにかが違った。    ***  士狼が住むアパートにて。 「お邪魔します」  終電を逃した羊真が、玄関で革靴を脱いで、きちんとそろえた。 「ごめん、少し散らかってるけど」  士狼は廊下とリビングの明かりを順に点けた。  士狼の部屋は、大学生にふさわしいものだった。  勉強道具はデスクに広げたまま。  木製のカラーボックスには、辞典や教科書、その他の雑多な本がギッシリと詰められている。  一人暮らしにちょうどよい液晶テレビに、正方形の背が低いテーブル。  柔らかな布の張られた、簡易的なソファ。  今朝使って片づけるのを忘れていたマグカップを、急いで背中に隠した。 「綺麗じゃん」  羊真が笑顔をみせてくれた。  酒気を帯びたほっぺが愛らしい。 「なにか飲み物取ってくるよ」 「ありがとう」  キッチンに行き、冷蔵庫を覗いた。  しまった。ペットボトルの飲料を切らしていた。  仕方なくグラスを二つ出して、作っておいた麦茶を注いでリビングに戻る。 「すごく難しそうなこと勉強してるんだね」  デスクに広げたままの教科書を、羊真が眺めていたようだ。 「そうでもないよ」  テーブルにグラスを置く。  「ありがとう」と礼を言われる。  ソファに腰かけて躊躇なく麦茶を口にした彼を見て、(不用心だ)と思った。  士狼は彼の隣に座り、グラスに口をつける。 「ジャケットなんか脱げばいいのに」 「あはは、そうだねぇ」  羊真は笑いながらスーツジャケットを脱ぐ。  思っていた以上に細身で、庇護欲をそそられる。 「すごいなぁ。士狼くんは一人で暮らしてるんだ。掃除も家事も大変でしょ」  「うん」士狼は頷いた。「細かいとこまで手がまわらない」 「それでもここまで綺麗に保ってんだもん。すごいよ」  羊真がグラスをあおった。  彼の中指にペンだこができているのに気づいた。 「僕も大学に行きたかったなぁ」 「どうして行かなかったんだ?」 「家があんまり裕福じゃなくて、一人だけしか行けなかったんだ。……あ、僕にはひとり弟がいてさぁ。それに、僕はあんまり頭がよくない」  そう呟く羊真は、どこか悲しそうだった。 「俺には羊真が頭が悪そうには見えない」  羊真が首を横に振った。 「ううん。昔からなにをやってもダメなんだ」  自嘲的な笑顔を張りつける彼に、士狼は思わず「違う」と否定した。  確かに、羊真はすこし不器用で世間知らずなようにみえた。  さっき知り合ったばかりの男についてきたり。  薬が入っているかもしれない茶をためらいなく飲んだり。 「羊真はダメなんかじゃない」 「どうして?」 「右手の中指にペンだこがあるから」  頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、羊真は自分の手を見た。 「勉強か……もしかしたら、小説でも書いてたか? 長時間ペンを握ってなきゃ、そんな跡はのこらない」 「……たしかに。僕、ずっと勉強してた」 「てことは、なにかに真剣に取り組めるってことだ。羊真はダメなやつなんかじゃない」  不思議だった。  知り合ったばかりなのに、『なにをやってもダメ』という強い自己否定を見逃せなかった。  羊真はしばらく自分の手を見つめていた。 「すごいや」  そう呟いた羊真と目が合う。  酒のせいか、すこし潤んでいるように見えた。 「士狼くんは人のことをよく見てるんだね」  その言葉にドキリとした。  内面のことを褒められたのは初めてだった。 「……そうだ。連絡先、交換してなかったね」  羊真がスマートフォンを取り出す。  彼のことをよく知らないくせに、カバーが手帳型なのが彼らしいと思った。 「僕ね、士狼くんともっと話してたい。……迷惑、かなぁ」  無意識だろう。上目づかいで顔をのぞき込まれる。  その表情が、純粋で可愛いと思った。    ***  連絡先を交換した日から、士狼は羊真と頻繁に会うようになった。  そのうちに、士狼はすっかり彼の虜になった。  彼といるときだけは孤独を感じなかった。  条件なしに友情を向けてくれることが、とにかく嬉しかった。 「ねぇ。明日の夜さ、一緒に映画観ようよ」  いつか、映画が好きだと話したのを覚えていたらしい。  羊真が何枚かのDVDをレンタルして、家に持ってきた。  その映画のほとんどを、士狼は名前すら知らなかった。  きっと、羊真があえて有名どころを外したのだろう。  一枚のDVDをプレイヤーにさし、リビングの照明を落とす。  そのあいだ、羊真が酒の缶を開けた。 「ありがとうな、いろいろ買ってきてくれて」  コンビニのビニール袋から、(さかな)を取り出す羊真に礼を言った。 「いいんだよ。いつも家に入れてくれるからさ」  モスグリーンのパーカーに黒いウールパンツというカジュアルな装いの彼が、ニコリと笑った。  並んでソファに腰かけ、リモコンの再生ボタンを押す。  羊真が選んでくれたのは、SF映画だった。  山奥でキャンプをしていた男子大学生のグループが、怪しい博士の実験に巻きこまれ、恐竜がいる時代にタイムスリップしてしまう。  恐竜から逃げ、もとの時代に戻る旅の途中。  きっと、友情以上の感情が芽生えたのだろう。  ある男子二人が口づけを交わした。  「わっ、わっ」と羊真がわかりやすく動揺する。  彼をチラリと見た士狼は(今しかない)と思った。  逃したら、この想いを伝える機会なんて一生訪れないだろう。  酒をグイとあおり、素っ気ない態度を装いつつ、口を開く。 「なぁ羊真。こういうの、どう思う?」 「……士狼くんは嫌いだった?」  恐る恐るといった感じで質問を返される。 「いやそうじゃなくて。同性の友達同士でさ。恋愛に発展すると思う?」  すこし考えた後、羊真が「ありえなくはないと思う」と呟いた。 「こういう極限状態だったら、なおさら……ね?」 「そっか」  平静を装い、深呼吸する。  いつか自分に告白した女子のように。 「もしさ。羊真が、同性の友達から迫られたらどうする?」  鼓動が速まるのを感じながら、士狼は訊いた。  羊真が「えっ」と間の抜けた声をあげた。  一瞬、時が止まったように感じた。 「僕の友達、士狼くんしかいないんだけど」  羊真が身を縮こませる。  しばらくなにも言ってくれないだろう。  下手をしたら、もう二度と話してくれないかもしれない。  その予想を、完全に裏切られた。 「ねぇ、士狼くん。間違ってたらごめんね? そのぉ……もしかしてさ。士狼くんって……僕のことっ。すっ……好き、だったりする?」  たどたどしい口調だった。  暗闇の中、テレビに照らされた頬が、リンゴのように染まっている。 「うん。友達としても……それ以上の、存在としても」  羊真と見つめ合う。  映画の音は、もう聞こえなかった。 「……いいよ」  返答も想像以上に早く、士狼は呆気にとられた。 「士狼くんになら……迫られても、いい……よ」 「……本当に?」 「僕のこと、認めてくれたのは士狼くんくらいだから」 「……そっか」  受け入れてくれた。という安堵に身を任せ、羊真の肩にそっと触れる。  小動物のように、羊真が体をふるわせた。  再び視線を交差させる。  今からなにをされるのかと、揺れる瞳で訊ねられる。  体をさらに寄せると、彼が目を強くつむった。  キスの覚悟を済ませようと頑張っているのだろう。  そのような羊真以上に、士狼は緊張していた。  心臓がうるさく鳴り続ける。  呼吸が浅くなっていた。  苦しさを感じ、士狼は深い溜息を吐く。 「……もうちょっと、段階踏んでからにしよっか」 「……そだね」  緊張から解放された二人は、いくじなしな自分たちに苦笑した。

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