8 / 10

第7話 白と黒

side*竜司 疲れきっているのか、ぐっすり眠る二人。 起きる気配はない。 俺の脳内をじわりと何かが侵食しだす。 それは先程まで荒れていた俺の感情を鎮めた。 落ちる前の西日が鋭く室内に差し込んで、陰を黒々と濃くしていく。 背後から、暗闇から、声がする。 報復のチャンスだ、と。 これは悪魔の囁きなのか、俺の心情なのか。 ただ、はっきりと、この沸き上がるような苛立ちを消すためには俺の目の前から月白が居なくなればいいのだと漠然と思った。 俺はスラックスのポケットからスマホを取り出し、レンズを2人に向ける。 小さな小さなシャッター音が空調の音に掻き消えていく。 液晶には乱れた姿で眠る二人の人間。 俺の胸に昏い愉悦が芽生える。 口角が上がるのが自分でもわかった。 (ざまぁみろ) これで月白を陥れることができる。 こうすれば、この何時までも胸に蔓延る感情がすっきりするだろうか。 俺はきっと、今喜んでいる。 そう。 喜んでいるはずなんだ。 俺はそのまま何事もなかったように資料室を出た。 「竜司おっせぇよー」 一歩出たとたん、入り口で待っていた駿から盛大な文句の声があがる。 ただ待つのに飽きたのであろう、壁際でしゃがみこみむその手にはスマホゲームの画面。 ぶすくれる顔はそのままに、手先だけは器用に液晶をタップしていて、つい笑ってしまった。 「わりぃな。ついでに書類全部でてるか確認してた。」 「ふぅん。…よくわかんねぇけど…、ぁ、深也は?」 「あぁ、いなかった。」 「えっまじか…ちぇ、待ち損だったなぁ」 すらすらと口から出る嘘。 単純な駿を騙すことなんてわけなかった。 「ま、明日にでも教室で会えんだろ。とりあえず、帰ろうぜ?」 「んー…だなぁ。」 駿は一瞬不貞腐れたような顔をしたが結局素直に俺の言葉に従う。 「…ま、明日来れればな…」 「ん?竜司何か言った?」 ぽつりと漏れた独り言の端切れを駿が目敏く拾う。 俺は駿に向かって笑みを作ってみせた。 「いや?何も言ってねぇよ。」 笑みの底には暗く淀んだ感情。 どろどろと渦巻くそれは、俺に仄暗い悦びを与える。 (さぁ、タイムリミットだ。月白。) (お前の罪と向き合え。) ポケットに入ったスマホが、少し重みを増した気がした。 ************************** side*no 「ッ、フレッド…、」 甘く長い絶頂の後、ゆっくりと身体の強張りが解け、二人分の体重が深くソファに沈み込んでいく。 先程まで扇情的にピンと張られた深也の足先はくたりと力をなくして床に落ちていた。 柔らかに、鮮烈に、二人を包む夕方の日差し。 その焼け爛れた色に、深也が濡れた瞳を眩しそうに細めた。 ただ、気持ちがよかった。 包み込まれるような優しい熱と、胎の内側から凶暴に暴れる熱。 ふたつの熱が身体を焼いて、その瞬間だけは心の中の伽藍堂が、少しでも満たされる気がしていた。 寂しさを互いに必死で埋めながら、存在を手繰り寄せるその行為は随分と前から続いている。 それはとても簡単で、とても手頃な“愛”だった。 「…フレッド。」 深也が世界で一等優しい男の名を、ぽつりと口にした。 「…ん?」 くぐもった声が密着した身体を伝う。 「…俺は、…生きてる…?」 深也はもう一度眩しい、と心の中で呟いた。 熱で満ちた身体に、心がひどく空虚だということは互いにちゃと理解していた。 そして、その空虚を、決してフレッドが埋められないことも。 「…あぁ…。生きてるよ。俺も、お前も。」 それでも空白の後に返った言葉は、温かく、優しく、深也の熱に浮かされた思考に染み込む。 「…そぅ…」 ずっと昔から繰り返されてきたやり取り。 ループする会話。 それは問いかけというよりは、まるで一種の祈りのようだった。 それっきり深也は何も言わない。 ただ目を閉じて、光を遮るように思考を止めるだけ。 そして身体に弛くまとわりつく疲労感とともに、泥のような眠りについた。 もう光は、届かない。 ************************** side*フレッド 『…俺は…生きてる…?』 幾度となく尋ねられた台詞。 決まって身体を繋げたあと、繰り返す度にそれは重みを増した。 消え入りそうな儚い彼は、決して自分のために生きようとしない。 一度は捨てた命なのだと、ただそう答えるだけ。 そして“死”を望むことさえ許されないと、いつも微笑んだ。 綺麗な笑みは儚すぎて、俺にはそれが酷く辛くて。 守りたかった。 この世の全てのものから。 深也はいつも自分のことを梟の“影”だと、そう言う。 梟が幸せでないと消えてしまうのだと。 光に溢れてないと消えてしまうのだと。 だが、影は光がありすぎても消えてしまう。 梟を照らす光によって自分の存在意義をなくすのなら、きっと深也にとっては本望なのだろう。 しかし俺は生憎お人好しでも良い人でもないから。 梟の光を遮断して、深也を闇で包みこんでしまいたい。 深く温かい暗闇で覆って、この腕に閉じ込めてしまえば影は永遠になると思った。 だから、たとえこの行為が『本物』であろうと、『偽物』であろうと、構わなかった。 その概念は既に、なんの意味もなさないのだから。 互いの身体も、偽物の愛も、本物の愛もどろどろに融け合って、区別がつかなくなるくらい。 いつか全部ひとつになってしまえばいい。 細い身躯に覆い被さって、その甘く濡れる瞳を見ながら、俺はいつも願う。 そうすればお前を独りで泣かせないのに、と。 俺の下で瞳を閉じた深也。 オレンジ色の光が、深也の銀髪を透かして。 透明に消えていきそうなその身は、この世のものとは思えないほどに神々しい。 その頬にそっと手を触れようとして、思い留まった。 どうしようもなく、深也が愛しくて。 それでも “ 愛 ” よりも重い言葉なんて、俺は知らないから。 この感情を何て言い表せばいいかなんて分からない。 (俺が守るよ。俺の全てをお前にやるから。) だから、 お前は、お前が望むように、生きればいい。 たとえ、それが全て梟のためであっても。 (お前が愛せないお前を、) (俺が一生愛し続けると、誓うよ。) .

ともだちにシェアしよう!