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第3話
「あのー……そう毎日来られても、抜糸までやる事が無いのだけれど」
左側にホクロを携えたぷっくりとした唇が、思わず引き攣り笑いを浮かべる。
イーサンの腕を縫ってから5日が経った。
確かに、「次の日、消毒に来い」とは言ったよ。その後俺さ、「じゃぁ1週間後に糸を取るから、それまでは何かあったら来てね」って言ったよね。
どうして毎日毎日診療所 に来るのかなぁ。
騎士団長って暇なのか。
「別に、何もやらなくていいだろ」
漆黒の軍服を身に纏う彼は、そう言って診療部屋のあの堅い丸椅子に座っている。装いから見て恐らく勤務中なのだろう。まさかの白昼堂々サボりとは。
「やらなくていいなら何で来たの……」
さすがに俺の口から溜め息が漏れる。
もう、本当に何がしたいのか意味がわからん。
唯一分かっている事。それは初めて食事をした日から、やたらとイーサンが俺に懐いているということだけ。
あの日だって結局、普通に食事をして「じゃぁまた」と解散しただけなのに。一体何が彼をそうさせているのか皆目見当もつかない。縫合に感動していたし、物珍しい技術が彼の好奇心を刺激でもしたんだろうか。
「この後飯行くから、空けとけよ。……まぁ空いているか」
「えっ、今日も?」
偉そうに足を組み換えた彼が静かな待合に目を遣った後、驚き顔の俺に平然とした顔でそう告げる。
なにを隠そう今日に至るまで、毎日夕方前に診療所へとやって来ては、そのまま食事を共に摂るという流れが出来上がっていた。
――どう、して……
確かに、彼の行きつけである酒場の飯も酒も美味いしその点に不満はない。それに絶対気まずいだろうと思ってたはずのイーサンとの時間は……それなりに楽しくあるからまた厄介だ。
「当然だろ。そういえば、結局まだここは閉めたままなのか?」
「当、然。……診療所のことかな。うん、魔法の調子が戻らなくてね」
「全く使えないという訳か?」
彼の言葉に、開けっ放しにしてある診療室のドアの向こうの、伽藍 とした薄暗い待合室に視線を向ける。
結局、魔法の使い方は一向に思い出す事が出来ない。
「……ヒール」
おもむろに手を伸ばし、なんとか記憶の片隅にあった魔法の言葉を口に出してみる。
指先から放たれたものは『静寂』
「……成程」
イーサンの反応に苦笑いをしながら、宙に浮かんだままの手を己の胸へと戻した。
「診察出来ないわけじゃないんだけど物理の道具が揃ってないから、対応出来ない症例が来たら困るかなって」
「それはそうか。……案外真面目なんだな」
「なんだよ、案外って」
少しキョトンとした彼に、本日2度目の苦笑いが零れた。
あの日から入口には『本日休診』の札が掛けられたままになっている。
「でもなぁ、どうにかしないとこのままじゃ食い扶持が……」
ため息混じりにそう漏らした言葉を聞いたイーサンは「ふむ」と腕を組み、何かを考えている。
暫 くして彼は、薄く綺麗な形の唇を開いた。
「なら俺が、お前を専属の医者として雇ってやろうか」
「は……?」
そこから発せられた思ってもいない言葉に、頭を掻く手がピタッと止まり……そして次の瞬間、彼に目を奪われた。
ただでさえ造形完璧の顔が、見た事ない程綺麗に笑ったから。
「俺のものになれよ、アオ。うん、決まりだな」
「いや、何言って……」
グイッと身を乗り出す彼に、思わず俺は仰け反る。
いや、近いって。
吐息がかかりそうな程の場所に迫ったそのご尊顔をまともに見る事が出来ず、大きく顔を背ける。
「悪い話じゃないだろ? ずっと俺の傍に居ろよ。……生涯、養ってやるから」
彼の前へと差し出された耳に甘い吐息と言葉が掛かり、カァッと一瞬で顔が熱を持ち始める。
「な、何言い出すの急に……自分が何言ってるか分かってる!?」
だってそれ……もはやプロポーズじゃん!? 急展開にも程がある!
……これだから、乙女ゲームの主役 は!!
間近に迫る彼から逃げ場を見い出せず、オロオロしている……そんな時だった。
「だんちょー!! いるんでしょ、だんちょー!!」
入口ドアが大きく叩かれ、俺たちの動きはピタッと止まった。
◇◇◇
「何しに来た、帰れ。さも無くば除隊する」
足と腕を組みソファにふんぞり返る、不機嫌丸出しの色男。
「また今日も無茶苦茶言うんすねぇ……。いや、俺だって団長のお楽しみを邪魔したいわけじゃないんですけど、ジェイスさんに怒られるんで」
ハニーブラウンのフワフワ髪、イーサンと似たような軍服を着た青年が、困り散らかしながら身振り手振りでどうにか彼を説得している。
「ハンッ、無能共。俺が居なくて回らない隊など潰れてしまえ」
「いや、団長が何言ってるんですかぁ~」
部下であろう青年は、今にも泣き出しそうに眉を下げている。
「とりあえず、お茶でもどうぞ」
彼らを待合室に座らせた俺は、2人の間に置いた小さな丸テーブルへ冷えたお茶を2つ置いた。
「ありがとうございます。あ、えっと……」
人懐っこそうな笑顔の部下につられて、俺の頬も緩んでしまう。
「あぁ、俺はア……」
「お前に名乗る名前なんて無い、キーファ」
「は?」
いや、名乗らせろ。別にいいだろ俺が自己紹介しても。
反論しようとイーサンの方を向けば、そのお顔には「超絶不機嫌」と書いてある。
……そう、その顔だよ、君のデフォは。なんだろう、この実家に帰ったような安心感。
それまで見た事のないキラキラした表情を浴びせられ続け追い付かなかった俺の心 が、ここで漸 く落ち着きを取り戻した。
「アオはここに座れ」
お盆を手に立ったままだった俺の腕を、イーサンが強い力でグイッと引っ張る。
「ちょ、あぶな……! もう、危ないよ」
体勢を崩しそのまま彼の隣にちょこんと座ってしまった。そしてあろうことかイーサンは、流れるように俺の肩へ腕を回してきたのだった。
「「!? !?」」
俺はともかく、向かいにいるキーファと呼ばれた青年もこの光景にフリーズしている。
――わかる、わかるよ気持ちは。
鬼がデレたんですもん。ええ、衝撃ですよね。
「アノ、ナニシテルンデスカ」
堅いソファの上で石の如く固まった俺は、口を動かすのが精一杯。そんな様子にお構い無しのイーサンは、回した手で今度は俺の頬をスリッと撫で始めた。
「何って、お前さっき俺のものになるって言っただろ?」
「言ってませんね」
何、週刊誌もびっくりな捏造をサラッと言ってのけてんの!? 怖、怖すぎる……!!
ちょっとでも距離を取ろうと身体を捩ると、更に強い力でそれを制され、結果としてイーサンに寄り添う形となってしまった。
ほんとにさぁ、非力にも程があるだろこのモブ野郎の身体。
項垂れる俺と真逆、いつの間にかご満悦になった表情の彼は、俺の頭に頬を擦り寄せている。
「じゃ、じゃぁ、その恋人さんと一緒なら本部に戻ってきてくれますか?」
キーファは無邪気な顔でそう言ってのける。
「は?いや何言って……てか誰が恋人」
「まぁ、それなら良いだろう」
慌てて否定しようとする俺の言葉は、イーサンの強い声に掻き消されてしまった。
「イーサン? 何言ってんの?ねぇ」
「やったー! これでジェイスさんに怒られないで済む~」
いや、何勝手に話進めてるんだよ。誰が行くかよ。そして誰が恋人だよ。
平和主義で有名だった俺だけれど、さすがにこれは怒っていいだろ。
「行きません! 俺だって仕事があります。はい、もう2人とも帰ってください」
そう言って大声を上げた俺に、目が点になっている2人を診療所から追い出した。
◇◇◇
「……はぁ、……疲れた」
バタンと閉じられたドアに凭れかかったまま、その場にズルズルとへたり込む。
なんなんだよイーサンのあの態度。あんなグイグイ来る俺様キャラだったか?塩対応カンストだったろ……しかもなんで対・俺なんだよ。ホントにシステムバグじゃねーかアイツ。
「仕事……か」
深い深い溜め息を付いて上げた顔の先には、相変わらず無人の空間。
今更、自分で言った言葉にダメージを負ってしまう。
「……魔法とやらを、練習してみるか」
その日俺はついに、重い腰を上げた。
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