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第4話

 ゴシック建築の大聖堂さながらの荘厳な白い建物。  全身甲冑を纏った兵士が守る高い門を抜け、軍神アートリスの巨大な像が待ち受けるエントランスから2階へ。  高い天井には思わず立ち止まってしまう程美しい宗教画が描かれ、廊下の突き当たり……両端に仮面が飾ってある、漆黒に金の細かな装飾が施されたドアを開くと、中には見慣れた2人の男が待ち受けていた。 「やっと戻ってきましたか、団長。午後から次の任務の打ち合わせがしたい、と昨日申したはずですが」  執務室の中央テーブルでなにやら資料を並べる長髪の男は、ボルドーワインの様な髪を耳に掛けながらため息混じりにこちらを見ている。 「ジェイスさーーん! ちゃんと……ちゃんと団長連れて帰って来ましたからねっ」  俺の後ろから間抜けな声が聞こえて来たかと思えば、キーファが眉を下げ、一目散にジェイスへと駆け寄っていた。だが彼はそんな部下(キーファ)には目もくれず、女性と見紛う美しい顔を歪ませている。 「そもそも、本来であれば午前中に済ませたかった会議なんです。それなのに貴方は連日飽きもせずほっつき歩いて……」 「まーまー、ジェイス。怒ると折角の美人が台無しだぞ」  テーブルの奥から、そんな呑気な声が聞こえてくる。 「貴方は口を出さないでください。ギルバート副団長」  ジェイスが睨みつけた先で足を組み、ソファにどんと腰掛けた男がニヤニヤとした視線を俺に投げていた。 「おー、怖い。そういえば、聞いたぞ? 冷酷無情で有名な、あのイーサン君が……恋しちゃったんだって」  ハーフアップに(まと)められた紫色の毛先を弄りながら、ニンマリと笑うギルバートを、俺は一瞥(いちべつ)しながら1人がけのソファへと座る。 「誰が恋したって。仮にも王国第2騎士団副団長がガセネタに振り回されるのは、如何なものかと思うぞ」  表情1つ変えず用意された資料に目を通しながら、俺は淡々と答えた。 「えっ……あの人恋人さんじゃないんですか!?」  ギルバートの向かいのソファに腰掛けたキーファが、大きく目を開きながらそう言った。 「恋かどうかは知りませんが、貴方があの町医者の所に足繁く通っているのは事実でしょう」  資料と共に全員分の紅茶を配り終えたジェイスが、キーファの隣に座るやいなや、畳み掛けるように冷たい声でそう述べる。 「ほぉーん……で、どうなんだ?事実は」  ギルバートの視線が煩い。  確かにコイツとは従兄弟だし、5つの歳と家柄の差があれど、俺たちは兄弟の様に育ってきた。だが今、コイツのアイスブルーの瞳に浮かんでいるのは――「ただの好奇心」  俺が興味を持った人間がいるという事が只々面白いのだろう。   「……そもそも、恋とは何なんだ」  心の奥底から湧き上がる疑問が、ポロリと口から漏れた。 「「「……は?」」」  第2騎士団の役職持ちは、癖が強すぎる為協調性に欠ける。というのは王国騎士団全体で有名な話だ。その筈なのだが……なんだお前ら、息ピッタリじゃないか。  3人ともが手に持っていた資料を机に置き、各々頭を悩ませる。 「あー、と。……そうだな、今その町医者に対して思っている事を述べてみろ」  ギルバートにそう言われ、俺は腕を組み唸った。 「アオに対してか? ……唯一無二の医療技術を持った、面白い飲み友達」  沈黙が部屋を制する。 「……それだけっすか? あんだけイチャついといて? 常に腕の中に居る友人とか居ないっしょ。距離感大丈夫っすか」 「友人と言えど俺のものなんだから、傍に居るのが当然だろ」  3人が化け物でも見たかのようにこちらを見ている。 「……だ、団長ってもしかしなくても、友情とか育まないで今日(こんにち)まで生きてきたかんじっすかね」 「たしかに俺とアレフ以外と(つる)むところは見たことないが……」 「……ブラコン・ノンデリ・俺様……役満かよ」  コソコソ喋る3人をひと睨みすると、ギルバートが「コホン」と咳払いをする。 「俺が聞いた話ではよ……その、アオ?と何度も食事に行って、お前が終始笑顔だって……そんなイーサン見た事もないって」  どこ情報だよそれは。……あぁ、店主か。ギルバートも行きつけの店だからな、あの酒場は。 「楽しければ笑顔にもなるだろう。お前ら俺を何だと思っている」 「鬼」 「パワハラクソ上司」 「人の心を母胎に忘れた男」  キーファ・ジェイス・ギルバートが順々にイイ笑顔で思い思いの言葉を述べる。  ……今、こいつらを1発ずつ殴っても、法には触れないだろうと、ぐっと拳を握った。 「ま、あれだよイーサン。友情なのか恋なのか……それは相手が性の対象になるか否かで判断したらいいんじゃないか?」  赤い頬を撫でながら告げるギルバートにもう一度、キツい睨みを利かせた。  恋、……か。  そんなもの考えた事も無い。  相変わらず騒がしい3人を他所に、ソファに腰掛けたまま大きな窓の向こうに広がる蒼穹へと目をやる。  そういえば最初の食事の時、初めて見たアオの笑顔は美しかった。アレは常に覇気がなく、表情を変えたかと思えば眉を下げた困り顔。確かに何処か儚げな美人顔に、下がった眉は似合ってはいたが、笑顔は格別だった。  白い頬が薄ら桃色に染まる様は、この世の何よりも綺麗で。  その顔をまた見てみたいという衝動に駆られ、あれから毎日のように食事に誘っている。  ――まさかこれが?いや、そんな事無いだろう。 「意味がわからん」  いくら考えても答えが生まれる訳では無い。諦めた俺は、テーブルへ置かれた紙の束に再び目を遣る。 「てか、団長って一目惚れとかするタイプだったんすね」  何気なく呟いたであろうキーファのそんな一言に、手にした1枚の紙が床へと舞い落ちた。

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