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第6話

「おはようございますイーサン団長!! 早速ですがご報告があります!」 「……もう少し大人しく喋る事が出来ないのかお前は」  心地良い時間を過ごした昨晩のおかげで、今日も朝から気分が良い。  出勤して直ぐ執務室に入り、一際大きな革張りのチェアに腰掛けるやいなや、待ち構えていた若い隊員が執務机越しに声を張り上げた。  先程までの上機嫌はどこへやら。それを怪訝そうな顔で迎え、差し出された報告書に目を通す。 「……大変申し訳御座いません!!」  そこに書かれた『任務失敗』と言う文字を見るやいなや、グチャっとその紙を握り潰す。 「王都に入り込んだB級クラスの魔獣(モンスター)を討ち損じた、と。……除隊の手続きは省略してやるから、今すぐ田舎に返ったらどうだ」 「……っ……」  120度に身体を折った隊員が、息を詰まらせる。 「まーまー。ほら、討ち損じたって事は、まだ生きてるって事で……討てるチャンスはあるんじゃないか?」  いつの間にか後ろから現れたギルバートが低く落ちた背中をポンポンと叩くと、顔を上げた隊員の目には今にも大粒の涙を零さんとばかりに揺れていた。  そんな2人のやり取りに、はぁ……と俺は深い溜息を零す。  何が「失敗しました」だ。ノー天気な報告しやがって。それにより市民に危害が及んだらどうするつもりだ。 「ギルバートの言う通りだ。バカな報告している暇があったら、今すぐ現場に戻り、増員するなり何なりして次の算段をつけろ。いいか、命令だ。首を取ってくるまで帰還は許さん」  冷たく言い放たれた言葉に、頭を上げた隊員は身体を振るいあがらせる。そんな男の肩に、ギルバートは腕を回した。 「イーサンは君の隊に期待してるんだって。……な、頑張れ青年」 「は、はい。必ず討ち取って来ます!」  そう鼓舞された隊員は俺たちに一礼すると、勢いよく部屋から飛び出して行った。 「ほんっと、お前は不器用だよなぁ……イーサンよぉ」 「は? 何がだ」  静寂が戻った部屋で、ギルバートが苦笑混じりにそう言った。 「確かにお前は強くなった、度胸もあって頭もキレる。けれど、言葉が足りない」 「……っ……」  的を得た彼の言葉に、俺は何も言い返す事が出来ず、つい目線を外に向ける。 「まぁその為に、俺がいるっちゃ居るんだがなぁ」  執務机越しに腕を伸ばしたギルバートの手が、俺の頭をポンポンと撫でる。「ガキ扱いするな」とその腕を鬱陶しそうに払い除け「チッ……」と小さく舌打ちをした。 「……わざわざ第1騎士団での副団長内示が決まっていたお前が、それを辞退して第2騎士団に来たのは、俺の為だったとでも言いたいのか」 「その通り。よく分かってんじゃねーか」  目線だけ動かし睨みを効かそうが、コイツは何処吹く風と涼しい顔をしている。  ――昔からそうだ。  それこそ騎士団長になりたての頃なんて、思い通りに事が運ばず苛ついて周りに当たり散らしていた。  それを全てフォローしていたのが、ギルバート(この男)の存在。 「……別に、お前に感謝を述べるつもりはない」  ぶっきらぼうに返した俺の言葉に、彼は紫色の頭を揺らしながら笑う。 「ははっ、お前から感謝される日が来たらそれは世界の終わりだわ。ま、それよりなイーサン。ちょっと付き合えよ」 「は? どこへ……」  そう言って連れてこられたのは、広い騎士団本部の敷地内中央にある、円形の訓練場だった。ここで騎士達は日々、己の剣技に磨きをかける。 「お互い、ここの所書類仕事と会議ばっかだろ? ……たまには良い汗かこうぜ」  芝生の敷かれた真ん中に立った俺へ、真向かいにいるギルバートがポンっと木刀を投げる。 「なんでお前とこんな真似をしなければならない。俺は忙しいんだが」 「忙しいって、町医者に通う事しかやってないだろお前」  的を得た言葉に、思わず眉間に色濃い皺が寄る。 「まぁ、普段から飄々(ひょうひょう)とするお前を跪かせるのも、たまには良いかもな」  地面に落ちた木刀を拾い上げると、両手でそれをギルバートに向け構える。 「いいねぇ、そう来なくっちゃ。俺は槍で行かせてもらうから、本気で討ってきて構わないぜ?」  そう言ってギルバートは、先に布が巻かれた木製の槍を俺に向けて構える。  ――本職の槍で来るとは。何を考えているのかわからんが、本気ということか。 「第2騎士団の団長と副団長が模擬戦やるってよ」 「副団長の勝ちだろ。団長って口だけなとこあるって聞くし」 「そもそも副団長って、騎士団最強・第1騎士団長の元相棒だろ? 流石にイーサン団長じゃ無理だろ」 「いやでも団長って史上最年少の聖騎士(パラディン)だろ。わかんねーぞこの試合」  いつの間にか周りには、溢れんばかりの人だかりが出来ている。 「ったく、どいつもこいつも……仕事中じゃないのか」  愚痴を零しながらも、槍の前を下げて構えるギルバートとジリジリと間合いをとる。  ――やりづらいことこの上ない。  そもそも槍と剣が戦うのは、圧倒的にこちらが不利と言えよう。ましてや、ギルバートは槍使いとして右に出る者が居ないほどの手練だ。嫌でも木刀を握る手に力が入る。  先に動いたのは、ギルバートの方だった。  下げられていた槍の頭を勢いよく俺の顔に向けて起こす。それを剣で防いだ一瞬の隙に、グルンっと身体を翻した彼が巧みに槍を動かし、俺の足を薙ぎ払わんと勢いよく横振りする。 「……相変わらずやりずれぇ」  すんでのところでそれをパァァァンと甲高い音を鳴らし木刀で打ち払うと、再び互いに構え間合いを取った。  頬に、一筋の汗が伝った。 「すげぇな2人とも……動きが人じゃねぇ、どんな反射神経してんだよ」 「人間辞めてるよなあれ、絶対」  わぁぁ!と、周りから喧しい程の声が上がっているのが、肩を揺らす俺の元へと届き、思わずため息が零れる。褒めているのか貶しているのか分からん声が飛び交う中、クイッと槍の先を持ち上げたギルバートが、俺を煽るかのように笑った。 「ほら、どうしたイーサン。守ってばっかじゃ終わんねぇぞ」 「うるせぇ。いつまでも調子乗ってんじゃねぇぞ」  目を閉じ、大気の流れに己の意識を乗せる。俺が攻めてこない以上、アイツは自分から動き始めるだろう。  そう、今……気配が動いた。この流れは、突きの攻撃をしてくるのだろう。  幼い頃、そこら中の獣と戦い過ぎた俺は、いつの日か気配で相手の動きが読めるようになっていた。 「俺が入り込むのは……ここだろ」  カッと紺碧の目を開いた先には、予想通り思い切り俺の顔面に、ヒュっと風を斬りながら槍を突き出すギルバートの姿があった。それを交わし体勢を低くした次の瞬間、グッと右足を踏み込んで一気に相手の懐に飛び込む。  この速さなら、幾らギルバートであれ反応が出来まい。  目にも留まらぬ速さで斬り上げられた木刀は、ビリッと空気を(つんざ)き相手の首へと当たる。  勝敗が決まった瞬間であった。  カランっと手から槍が落ちると、「うわぁぁぁ」という大歓声が俺たちを包み込む。「相変わらずうるせぇな」とふと、黒山の人だかりに目をやると、先程執務室で叱咤した隊員の男が、キラキラと目を輝かせながらこちらを見ていた。 「いい刺激になったんじゃねーか?アイツ、きっと次は任務成功だな」  その場に座り込んだギルバートが、俺と同じ方角に顔を向けながら、爽やかな笑顔を向けている。 「……お前、まさかこれだけの為に」  思わずギルバートに目線を向けると「違う違う」と首を横に振っていた。 「まさか。身体鈍ってたからなー、あー、いい運動になったわ。しっかしお前、戦い方が上手くなったな。この分だとアレフ相手にいい勝負出来るんじゃねーか?」 「お前が下手になったの間違いなんじゃないのか、この昼行灯」 「はーー……否定は、出来ねぇわ……」  未だ芝生の上に座ったままのギルバートは、乾いた笑いを漏らしながら天を仰いでいる。 「すっげ! あれ、団長ってめちゃくちゃ強かったんだな」 「惚れた……俺、次怒鳴られても、あの人に付いていくって誓うわ」  割れんばかりの歓声の中、俺は髪を掻き上げニヤリと、人の悪い笑みをその場にへたり込む男へと向けた。 「勝負は勝負だ。負けたんだからお前、この後の俺の仕事全部やれ」 「……は!? いやそれ聞いてないけど」  俺の言葉に、ギョッと目を丸くしたギルバートはその場で固まる。 「じゃ、俺帰るわ。後は宜しくな」 「ちょ、待てって!! まじかよぉ……」  項垂れる彼にイイ笑顔で手を振り、そのままその場を後にした。 ◇◇◇ 「さて、がんばってみますか」  相変わらず「本日休診」の診療所。 「今日こそは!」と意気込み、一旦諦めた魔法書を手に診察室の椅子に腰掛けた。  昨晩。  イーサンとの食事は相変わらず楽しい時間だった。だがこの日は普段と違い、部屋に帰りベッドへ潜っても中々寝付けない。いつも美味しい酒を飲み、程よく笑い、リラックスして寝付きが良かった筈なのに。 「何で寝れないの……何か身体熱いし。……飲み過ぎたか?」  目を閉じると、どういう訳か彼の顔が瞼に浮かぶ。  そんなこんなで、今日は寝不足。だがそんな弱音を吐いている場合ではない。 『俺が生涯養ってやるよ』 が、不意に脳裏へ蘇る。 「さ、さすがに、それを受けるわけにはいかんだろ。い、一応、前世から引き継いだ医者の仕事だし……そう俺仕事好きだし」  ――あー、もう心臓煩い。  少し乱暴に本を開き、羅列された文章に目を落とす。 「えーっと? まずは簡単な回復魔法から。なになに、初級魔法は短い詠唱で行えます。大地から放たれる魔力の流れを肌で感じましょう」  文字が読めないことはない。まあ、身体はこの世界の住人だからな。にしたって、初手からレベル高い事書いてないか。  魔力の流れ……はて。   「ま、まぁ多分イメージだろ、こういうのは」  書かれている通りに、何となく大地から湧き上がる力を想像し、宙に手を翳して指先に神経を集中させてみる。 『我は癒しの精霊と契約せし者。その灯火を分け与え給え』  その言葉と共に、指先に緑の光が宿った。 『聖癒(ヒール)』  ボワっと宿ったちいさな光は、瞬く間に大きいものへと変わっていく。 「わ、使えた」  少しの間指に帯びていた熱は、緑色の粒子と共に暫くすると消えていった。 「たぶんこれ……成功、だよな」  初めて使った『魔法』はあたりまえに俺の童心をくすぐった。  その後も、本に書いてある呪文を片っ端から唱えてみると、見たこともない輝きがそこらじゅうに溢れかえる。その魅力に虜となっていた俺は、次の呪文が回復のそれとは異なることに、気づきもしなかった。 「あ、あ……れ?」  手から光が放たれた次の瞬間、突如としてとてつもない熱が腹の方で生まれたかと思うと、一気にそれが身体全てを這いずり始める。心臓はバクバクと音を立て、口からは甘い吐息が漏れ、苦しい。 「……っ、ぁ……な、に……これ……」  特に熱くて堪らないのが、…下腹部の、ソレ。 「んぁ、……ふ、……なんで…こんな…っ」  熱源に触れてみると、固い局部が張り裂けんばかりに自己主張をしており、そこを中心に身体が甘い疼きに蝕まれる。 「どう、っぁ……すれば……」  座って居ることもままならず、ガタァンと大きな音を立てて、椅子ごと冷たい床にひっくり返ってしまった。 「おい、どうした! 大丈夫か」  身体の異変に夢中で、そこに人が居ることに気付いたのは、床に這いつくばった俺をフワッと覚えのある香りが包んだ時だった。 「……ぁ、ふ……イー、サン……?」  歪んだ視界に見えるのは…ここ数日で、1番覚えのある艷顔。その綺麗な顔が、目を大きく開いて俺を見つめている。 「アオ、どうした。何があった…」 「わから、ない……。魔法を、っん……使ったら、はっ、ふ……突然……」 「は? おい、何の魔法を使った」 「分からない」と首を横に振る。短い息を繰り返し、情欲宿る瞳はどう見ても普通の状態ではない。  そんな俺の紅潮する頬が冷っとした大きな手で包まれると、たったそれだけの事で身体が大きく跳ね上がった。  ――イーサンの手、気持ちいい。……この手で熱から解放されたい。  眉を寄せ何かを堪えるような彼の顔が、今の俺には酷く官能的に見える。  その瞬間、本能が疼いた。 「んぁ、……たすけ、て……イーサン……」  スクラブの胸元を苦しげに掻きむしり、震える唇で彼の名前を呼ぶ。そんな俺を目の当たりにしたイーサンが息を呑んだかと思えば、彼の大きな身体が俺に覆いかぶさり……  次の瞬間、2人の吐息が重なり合った。

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