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17、過去の影① ※
それから数日。
俺は毎日勉強をしながら、フィリオの帰りを待つ生活が続いた。今まで誰かを待ったことなんてなかったけど、これはこれで意外と楽しい。習ったことを伝えれば楽しそうに話を聞いてくれるし、本を上手く読めると褒めてくれるし。
…あ、ただし朝と夜のキスは除く。これは慣れそうにない。今朝なんて、いつものように口付けたら、いきなり舌を入れてきたもんだから、ビックリして軽く突き飛ばしてしまった。
「納得がいかないな」
「な、何の」
そして夜帰ってきたフィリオは、部屋に来るなり俺をベッドに押し倒した。何でこの人はこんなに行動が読めないことばかりするんだろうか。
「今朝、キスを拒否しようとしたな」
「あれはいきなり、そのっ、…舌、入れてきたから…!」
「ニィノ。お前は、お遊び程度のキスで俺が満足するとでも思っていたのか」
俺はあれでも精一杯だったんだけど。
自分からキスしたことなんてない俺に、どれだけハードなことを強いていると思ってんだ。
「不満げだな」
「お、俺だって頑張ってる」
「そうは見えない。…全く。お前が売れ残っていたのは、技術が皆無だったせいなんじゃないか?」
「…っ!!」
その言い方にはさすがにカチンときた。
フィリオはいつもいつもいつも店に居た時のことを持ち出してくる。いい加減腹が立つくらいには。
「店のことは関係ないだろ」
「長年居たくせに技術が伴ってないのは事実だろう」
「別に、…店に居る時は、色々してた。フィリオが最初にヤった時『何もしなくていい』なんて言うから、やってなかっただけだ!」
「……ほう」
「だから俺だって本気になれば色々と、」
「じゃあしてもらおうか」
「え」
「俺のことを愉しませてみせろ、ニィノ」
口元をひきつらせながら、フィリオが明らかに機嫌が悪い表情をした。ギリ、と掴まれた手首が悲鳴をあげる。
…言ってしまったからには後には引けない。
というか、引いたら負けな気がした。
**
「どうした、そんな程度じゃ話にならないぞ」
ベッドに腰かけるフィリオが、頭上から声をかけてくる。うるさいな、と思いつつ俺は目の前の昂りを口に含んだ。裏筋を舌で舐めあげ、柔く食み、先端を吸ったりしてみる。そうすると硬度は増すが、フィリオの表情にほとんど変化は見られない。ほんっと腹立つ。
どうにかしてそのポーカーフェイスを崩してやりたい。
躍起になって、目の前の昂りを喉奥まで迎え入れる。えづきそうになるのを何とか抑えながら、頭をゆっくり前後に動かすと少しだけフィリオの呼吸が乱れた。
「んっ、…んぐ、ぁ…、っあ、…んん、っ」
「…」
そして、フィリオにぐしゃ、と髪をかきまぜられる。…と、思った瞬間、突然フィリオがぐっと腰を動かした。
「っん、ぁが?! き、急、…ぁにすん…っ!」
「…お前は」
そのままフィリオは冷えた表情のまま、抜けかけた昂りを再度俺の喉奥に突き入れた。
あまりの衝撃に息がつまる。
「こうやって他の客にも奉仕していたというわけか…確かに、お前を買った日もこれはやっていたな」
無機質な声が耳に届く。
「…そうか…他の奴らはお前をこんな風に汚していたんだな…」
「っ、ぁあっ、…ん、ぐっ、げほっ、ごほっ」
口から一気に昂りが引き抜かれ、噎せる。
体を丸めながら咳き込んでいると、腕を引かれ、乱暴にベッドに投げられた。
体勢を整える暇もなく、ぐい、と片足だけかかえられ、フィリオの肩にかけられる。
相変わらずフィリオの表情は冷たいまま。
「俺」のことなんて見てない、客と同じ目。
「や、嫌だ、フィリオ、変だ…怖い」
「怖い? 慣れているんだろう、これくらい」
そう言ってフィリオは、後孔にぴたりと自身の昂りを宛がった。
「ひ…っ!無理、無理だ!入んないから!」
「…」
「フィリオ!」
「黙っていろ」
店に居る時にも、無理矢理入れてくる奴はいた。でも、まさかフィリオがそうしようとするなんて思ってなくて、恐怖と絶望で心が塗りつぶされていく感覚になった。
「いやだ…嫌だっ、やめ、やめろ!フィリオ、嫌だ…っ」
「"客"にもしていたんだろう?それなのに俺は拒絶するのか」
「そうじゃない!フィリオ、お願いだ、せめて慣らしてからじゃないと、嫌だ…!」
視界が歪む。嫌だ。泣きたくなんてないのに。こんなの、あんまりにも惨めじゃないか。
何よりもフィリオに「物扱い」されるのが嫌でたまらない。どうして。嫌だ。いや、フィリオは俺を買ったんだ。俺のこと玩具とか奴隷くらいにしか思ってないんだ。だから当然の扱いだ。俺を「俺」として扱ってくれているなんてどうして錯覚していたんだ。
涙が止まらない。
ぎゅ、と目をつぶって衝撃に耐えようとする。
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