18 / 43

18、過去の影② ※

でも、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。足はいつの間にかベッドに下ろされている。 混乱した頭のまま、恐る恐る目を開けると、困ったような表情のフィリオが見えた。 今までに見たことがないような顔だ。 「…泣くな」 フィリオが涙を掬いとるように口付ける。 優しくて甘い、いつもの空気。 「俺には、泣いて嫌がる奴を無理矢理に組敷く趣味はない」 「…、っ、くすぐったい…」 「やめてほしかったら泣き止め」 何度も何度もするものだから、くすぐったくて首をすくめてしまった。ふふ、と笑うと、フィリオは少しだけ安堵したようだった。 「…で、どうして泣いたんだ。そんなに俺に抱かれるのが嫌か」 「そういうわけじゃ、なくて」 「じゃあ、なぜだ。理由を言え」 言葉は上からだけど、いつもより余裕がないような声と、迷うような瞳に安心する。 少なくとも、さっきみたいに俺を「物扱い」するような目じゃない。 「店で」 「…」 「俺のことを"俺"として扱ってくれた人っていなくてさ、人間扱いなんて、されなくて」 「…」 「でもここに来たらさ、みんな俺のこと大切にしてくれて、初めて俺が"俺"としてここにいてもいいのかなって、思えたんだ。それはフィリオもそうで」 「…」 「もちろん、俺は買われたんだから、フィリオが俺に何をしたって構わないってこと、分かってるんだけど」 「…」 「でも…、何か、さっきフィリオに、昔みたいに、ただの物みたいな扱いされて、…っ、 そんな目で見られて…っ、何だか急に苦しくなって、悲しくなって…、ごめ、…俺…」 また涙が溢れてくる。 どうしてこんなに苦しくなるんだろう。 フィリオのこと、最初は怖いとしか思ってなかったし、今でもよく分からなくてどうしたらいいか迷うことはあるけど、でもなぜか… この人に"客"と同じような目で見られたくないと思った。 それは優しくしてくれたから、とか、俺のために何かしてくれたから、とか…そんな理由からなのかもしれないけれど。 「…。ニィノ」 それまで無言だったフィリオが、俺を起き上がらせ、そっと抱きしめてきた。気遣うようなその行動に、ドキドキと心臓が高鳴る。 耳元に唇が寄せられ、さらに緊張する。 「…すまなかった」 「え」 そして、ぽつり、と呟いた言葉は意外なものだった。だってフィリオが俺に謝るなんて思わないじゃないか。 「何で…」 「お前を苦しめるつもりはなかった。ただ、過去にお前を抱いた相手に無性に腹が立っただけだ。だから半ば八つ当たりのようにお前を抱こうとした」 「そう、なんだ」 「お前のその声も」 「わ、」 そっと喉をなでられる。 「体も、瞳も、髪の毛一本でさえも…」 ゆっくりと体を辿られ、目元に口付けられ、頭にもキスをされる。 「全てが俺のものだ。…だが、そこにお前の意志もあってほしい」 「意志…」 「俺だけのことを考え、俺だけのために生きる…そんな『ニィノ』という人間が、俺はほしい」 「…っ、フィリオ…」 「それが"物扱い"だと言われればそれまでだが、それでも俺は、お前がほしい」 まっすぐに見つめられ、顔に熱が集まる。それに、さっきから心臓の音がうるさいくらい鳴っている。 「…俺のことが…ほしい…」 「そうだ」 そっと顔が近づき、唇を重ね合わせられる。 拒否は、しなかった。 「ん…、ぁ…フィリ、オ…」 「お前のすべてを塗り替えてやりたい」 ゆっくりと口内を舌が辿る。 くすぐったさと気持ちよさが交互に感じられて、その甘い感覚に酔っていく。 ぽーっとしながらキスを受け入れていると、後孔を濡れた指でぐにぐにと圧迫される。そして、その指がつぷりと難なく入り込んできた。 「…っあ…」 「一本なら余裕で入るが…これではまだ狭いな」 ゆっくりと時間をかけながら、フィリオが後ろをほぐしていく。指がどんどん増えていき、広げるように動かされて体が震えてしまう。 …気持ちいい。 「まだ俺に入れられるのは嫌か?」 「…、…フィリオは」 「何だ」 「その…俺とシたいって、思ってる?」 「思わなければこんな風にならないだろう」 手をとられ、フィリオの昂りに押し当てられる。その熱さと固さにビックリして、目線を反らしてしまう。 「…こ、ここまで、しておいて、入れないのは、…俺だって、困る…し」 弱々しい声でそう答えると、「そうか」という声と共に、フィリオが俺を少し浮かせ、フィリオをまたぐように抱えられた。 「っ、フィリオ…?」 「簡単には飛ぶなよ」 「え…?」 呆けてる間に後孔に昂りが宛がわれ、そして下から、ぐっ、と強く突き上げられた。 「ひぁっ?!」 体勢的に、いやでも深く突き刺さってしまう。衝撃で目の前に星が散る。 フィリオの肩に爪を立て、目をつぶり、唇を噛みながら快感に耐えるけど、断続的に声が漏れてしまう。 「やっ、ぁ、あ、んん…っ、深い…っ」 「っ、ニィノ、俺を見ろ」 目を開けると、切羽詰まったようなフィリオが見えた。その表情を見て、なぜかまた無性に泣きそうになった。 でもさっきとは違って、今度は胸がいっぱいで…あったかくて、満たされた感じがして…苦しいのに、嬉しいような、初めての感覚だった。 俺は、この時初めて「この人に好きになってほしい」と思っていたんだと、自覚した。 隣に並び立ちたいと願うのも、苦しいのも、悲しくなるのも、嬉しくなるのも全部全部… フィリオに"俺"を好きになってほしいから。 フィリオのことが、…好きだからだ。

ともだちにシェアしよう!