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19、自分の価値は
遠くで声が聞こえる。
… … 客室を越えて… …図々しい奴め…
… いいじゃな … か… おや、奥方のかわい…寝顔を拝見し …
… 見 … 寄… な。消し炭… たいか…
… 大切にし … くせに … あんな契約 …
… うるさ … 俺にとって … あいつは …
あなたにとって、俺は…何ですか?
**
「…ん…」
目を開ける。部屋には柔らかくて優しい光が入ってきてるから、おそらく朝なんだろう。
ぼんやりとした頭で周りを見る。
どうやら気を失ってしまっていたらしい。
気持ち悪いところがないのは、拭いてくれたからだろうか。でも、良い香りもする…もしかしてお風呂に入れてくれた?
「…」
膝を抱えてベッドに座る。
丈の合わないブカブカのシャツは、フィリオのものだろうか。
"好き"ということを自覚したけど、だからといって何かが変わるわけじゃない。
フィリオにとって俺は代わりのきく玩具のようなもの。それかペット。
左の薬指を掲げ、仰ぎ見る。
そこには深々と隷属の証が刻まれている。
今は執着してくれているみたいだから、たぶん大切にしてくれるんだろうけど…
「いつか、捨てられるのかな」
店から買い上げられたあと、捨てられて出戻ってくるところを何度も見てる。何も珍しいことじゃない。
「…?何だこれ」
沈んだ気持ちのままベッドの脇にある小机を見ると、何やら文字が書かれた紙が置いてあることに気付いた。
「…、しごと、に、いく… 」
俺にも分かるような単語が並んでる。
でも何度も書き直したような跡(二重線が引いてあったり、ぐしゃぐしゃと文字が消されていたり)が残っていて、俺のために文章を一生懸命考えてくれたことが分かった。
それは素直に嬉しい。
「こまったら、イル、エイミ …よべ…って、何だこれ、ベル?」
メモの隣に、小さなベルが置いてあった。
指先でつまみ上げ、試しに軽く振ってみる。
すると、涼やかな音を鳴らしながらベルが薄赤く発光する。ビックリして落とさなかったことを褒めてほしい。
慎重に、ほんのりとあたたかくなったそれを机の上に戻した。
「魔器(まき)…なのかな」
自分の魔力を一時的に溜めておく器は、粗悪品から一流品まで、様々な種類がある。大体が生活を便利にするためのものだけど、これはどんな風に使うのが正しいんだろう。
まぁ、フィリオの持ち物なのだとしたら、もしかしたらすごい力が封じてあるのかもしれないけど。
そんなことを考えていると、突然けたたましい足音が聞こえてきた。近づいてくる。というか、この部屋の扉の前で止まった。コンコン、とノックされる。
「奥方様!お呼びですかっ?」
そして聞こえてきたのは、聞き馴染みのある声だった。
「…イル?」
「はい!魔器を鳴らされたので来ました!」
「あ、呼ぶってそういう…ごめん、使い方よく分からなくて。とりあえず、その…別に入ってきていいよ」
「失礼します!」
イルが邪気のない笑みで部屋に入ってきた。
手には、俺が振ったのと似たようなベルが握られていた。この部屋にあったやつより、少し大きい?
じっと見つめていると、イルは手に持っていたそれを自分の目線までもってきて微笑んだ。
「これは連動してる魔器ですね。奥方様が鳴らした方を振ると、これが火を吹きます」
「火を」
「そうですね!ボワッと」
「…ええと、説明ありがとう」
「旦那様に、『ニィノが目を覚ましたら、おそらくこいつを振ってみるはずだ。そうしたら説明してやってくれ』と言われました!」
「な、なるほど」
聞く前に答えられたのは、フィリオからの言いつけがあったからなのか。考えが見透かされてるようで、ちょっと恥ずかしい。
「旦那様は急なお仕事が入られたらしいです。でも、なるべく早く帰ってくるそうですよ」
「そっか…」
「用事がありましたら、何なりと申し付けてください!」
「うん、分かった。ありがとう」
つられて微笑み返すと、ぐきゅるる…と盛大な音が鳴り響いた。
恥ずかしすぎる。
恥ずかしいことのオンパレードか。
「お食事ですね!すぐにお持ちします!!」
イルは来たときと同じようにけたたましい音を立てて去っていった。
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