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26、愛しの君(フィリオ視点)
「仕事の話って何だい?何かあったかな」
「ふん、ただの口実だ」
「可愛いリディも奥方様から離されたようだけど、そんなに僕たちを近づけたくないかい?」
「ああ、そうだな」
「盗らないよ?」
「そんなことは微塵も考えていない。ただただ、俺が嫉妬に狂っておかしくなりそうだったから離しただけだ」
「嫉妬…君ともあろうものが、僕らに嫉妬?」
「お前たちがニィノの可愛さに充てられて妙な行動を取っても煩わしいからな」
「はは、大丈夫だよ」
「何が大丈夫だ!」
「僕にとってはリディの方がかわい、」
「ニィノの方が可愛いだろうが!!!」
「あっはははは!」
「笑い事じゃない!」
目の前で腹を押さえて笑うジルに苛つきが募る。ニィノに惹かれる奴はこの世に大勢いるだろう。本当は誰にも見せず、俺だけしか頼るものがないようにしてやりたいくらいだ。
ニィノは可愛い。
嬉しそうに笑えば、もっと与えてやりたくなる。
恥ずかしそうに頬を染めれば、もっと俺を意識して欲しいと願う。
怒った顔も、拗ねた顔も可愛くて仕方ない。
辛そうにしていたら、抱きしめて安心させたくなる。
艶やかな髪も、宝石のように美しい赤い瞳も、細い体も、鈴のように心地よい声音も、所作も心も何もかも、全て俺に向けばいいと思う。
「大切にしてること、奥方様にも言ってあげなよ。君のことだ、大して言葉にしていないんだろう?」
「している。お前の全ては俺のものだと」
「それ伝わっているのかなぁ…」
「全てが欲しいと伝えているんだぞ?まぁ、ニィノを前にすると気分が高揚してしまってな…いつも自分を抑えるのが大変で、あれでも言葉と行動を選んでいる」
「確かに、君の普段の姿を知っている者からすると、いってきますとおかえりなさいのキスをねだるなんて…、ふ、ふふ…考えられない…あの血も涙もないフィリオ・ヴィーデナーはどこに…くっ、くく…」
「貴様…」
「うわ!あっつい!熱いよ!その炎を消してくれないか?!」
周囲に浮かぶ火の玉がじりじりとジルに迫る。
この男は1度痛い目をみないと分からないらしい。
「でも、会ったばかりの子にそんなに執着してるなんて不思議な気分だよ。一目惚れかい?」
「ニィノのことは、もう何年も前から知っている」
「え?そうなのか」
あれは何年前だったか。
まだ富も権力も得ていない、周りに搾取されるだけだった時代。いつかのし上がってやる、と息巻いていたあの頃。
ふと迷いこんだ路地裏で、窓の外をぼんやり眺める少年を見かけた。
美しい赤の瞳で…その時は、すぐに中から手が伸ばされて隠されてしまったけど、その後何度か見かけるようになった。
そこから調べあげて、店で飼われていることや、客を取らされていること、なぜかとんでもない高額で売りに出されているため味見しかされないこと、…俺の手持ちでは到底自由にしてやれないことなど、多くの事が分かった。
「ずっと、ニィノが欲しくてたまらなかった」
「へぇ…あの子、フィリオと会ったのはつい最近だって言っていたのにな」
「俺は知っている、というだけだからな。ニィノは俺のことを知らなかっただろう。会話したことはない」
「なるほどね。今、君が富や権力に執着する理由がわかった気がするよ」
「ふん、全てはニィノを囲うためだ。あいつを守る力が欲しかった。そのために親族をことごとく蹴落としてやった…目障りだったからな」
「友の意外な一面を見たよ」
「誰が友だ」
ふい、と顔を背けるとまた笑われた。
笑いたい奴は笑っておけばいい。
「でもフィリオ、隷属の印のことは奥方様にきちんと説明をしておいた方がいいんじゃ、」
ジルの言葉を遮るように、ガシャンッ、という何かが割れる音が耳に届く。そしてニィノのいる部屋に置いてある警報器とつながる魔器が一斉に炎をあげた。
「…?!」
「何事だい?」
「分からん。ニィノの部屋の近くにはイルを控えさせている…早々にやられはしないはずだが」
妙な胸騒ぎを感じ、俺はその不安を絶ち切るように走り出した。
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