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29、身の程知らずの願い
「なぁ、テオ、あの人さ…エリアーシュって人、信用できるのか?」
「ああ。親身になって色々と聞いてくれたし、実際、ニィノを助け出すことができた」
「そのこと、なんだけど…そもそもテオは、フィリオのこと、どんな風に聞いてるんだ?」
「血も涙もない冷血漢なんだろ? 親族でさえ踏み台にしてのし上がった奴だ」
「…うーん…」
確かにエイミも、「競合した相手や身内の者を、骨の髄まで吸い尽くして破滅させる悪魔」と噂されてるって言っていた。きっと周りの評価はそんな感じなんだろう。
目線を落とし、フィリオのことを思い出す。
「フィリオはそんな人じゃない…」
「そう思わされてるだけだ。目を覚ませ、ニィノ」
「だってさ、俺、酷いことなんてされてなかったよ。ちょっと横暴なところはあったけど、俺が本気で嫌がってることはしないし、優しかった」
「ニィノはあまり優しくされたことがなかったんだ。そんなの、優しさじゃない」
「…」
本当にそうなんだろうか。
フィリオのあれは、優しさじゃない?
でも、もしも優しさじゃなくても、フィリオが俺のことを好きになってくれたらいいのにって思った。その気持ちは嘘じゃない。
「テオは、俺のことどうしたいんだ?」
「どう…?」
「俺のことが好きって言ってたけど、それってつまり、俺をどうしたいってことなんだ?」
「俺は、ニィノに幸せになってほしいんだ」
「じゃあ、帰りたい」
「帰る?どこに?」
「フィリオのところに」
「…!どうして」
肩に置かれた手に、ぎゅ、と力がこもる。
やばい、また体が重くなる。
これをどうにかしないと、逃げたくても逃げられない。
「テオ、もう、魔法使わないで、くれ」
「嫌だ。こうでもしないと、ニィノは分かってくれない…逃げようとする…ああ、可哀想に…一体どんなことを吹き込まれたんだ…」
「テオ、とりあえず、俺と話をしてくれ。魔法で押さえつけるなんて、らしくない」
「ニィノ…ごめんな、俺がもっと早く助けてやれば良かったんだ…ごめん…ごめんな」
ダメだ、俺の言葉が届かない。
体は重いし、動かしづらい。それに何だか眠くなってきた。長く触れられれば触れられるほど、深い眠りに落とされるんだっけ?
「テオ…はな、しを…」
「距離が離れれば、もうそんなこと言わなくなるかな…ちょっと早いけど、エリアーシュに頼んで一緒に遠くに行こうか」
「…、…とお、く…」
フィリオの顔が浮かぶ。
そういえば、俺がいなくなってフィリオはどう思ったんだろう。イルのことは、リディが結婚するとき連れていくのを許さなかったらしいから、きっと心配してる。
俺のことはどうだろう。"嫁"扱いはされてたみたいだけど、いなくなっても困らないかもしれない。
せめてイルのことは取り戻しに来てくれればいい。俺のせいで拐われたわけだし。
「…はは」
乾いた笑いがこぼれる。
俺が戻りたいと願っても、もうフィリオは俺のことはいらないかもしれない。
立っていられなくなって、テオの腕の中に倒れこむ。この腕の中に居た方が、もしかしたら幸せになれるのかもしれない。テオは暴走すると会話が成り立たなくなるけど、まぁ、いい奴だし。
『お前がほしい』
俺もフィリオのことがほしいだなんて、そんなことを願ったからバチが当たったのかな。
眠りに落とされるその瞬間、ぐらりと地面が傾いた。
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