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32、願いは、力に (エイミ視点)
拾われた当時、私にとって旦那様は、"物好きな変な人"だった。
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眼下に建物が見える。
あそこに、奥方様とイルがいる。
「奥方様だけに飽きたらず、イルまで拐うなんて、どこまで腐っているの…絶対に許さない。二人に何かあったら、絶対に許さない…」
『落ち着いた方がいいわ、エイミ』
「!」
顔を上げると、白い小鳥が旋回してこちらに降り立ってきた。そっと手をかざすと、指に柔らかい羽が触れる。
『あなたが興奮していては、上手くいくものもいかないんじゃないかしら』
「…っ、そうね、落ち着かないと」
深呼吸をしていると、近くにいたジルベルト様が私の手元を覗いた。
「君はお喋りが上手な小鳥さんだね。僕はジルベルト。あなたのお名前を伺っても?」
『はじめまして、ジルベルト。私の名前はハイレンよ』
「ハイレン…美しい響きですね。思うに、あなたは力のある精霊だとお見受けしますが、ここにいる可憐な女性とはどのようなご関係かな?」
『私はイルと契約をしているの』
「なるほど。イルはここにいるのかな?」
『捕まっているわ。殺されてはいない。でも、あと少ししたらどこかに捨てられてしまうかもしれない』
ぐ、と片手を握りしめる。
早く、助けないと。
「そうか。ありがとう、ハイレン。君の能力も知りたいところだけど、…主人がいないのに聞くのは無粋だね」
ジルベルト様も不思議な人だ。
旦那様の古くからの知人と聞いているけど、謎が多い。魔力が高いから相当な地位にはついているはずだけど…イマイチ掴み所がないのよね。
「君たち姉弟は、ある日突然フィリオが連れてきて、召使いにした。出自も何も分からない、不思議な子たち…、精霊もそうだ。魔力は感じるのに、君たちの周りには精霊の影がなかった」
「…。色々と事情がありまして」
「そうなんだね。ぜひ聞かせてほしいところだけれど」
「ジルベルト様ほどのお方なら、私たちのことは調べがついているでしょうに」
「他者からの言葉より、本人たちの口から聞かないと信じられないさ」
「…、二人を助け出せたら、いくらでも話します」
「はは、なるほど。そうだね、まずは僕も自分に与えられた役目を全うしないと、か」
ニコニコしてるけど、目前の建物を見据える目は鋭く、冷たい。目が笑ってないのよね。私にしてみれば、旦那様よりこの人の方がよっぽど"怖い人"だと思うんだけど。
ジルベルト様が手をかざす。
一瞬手の周りがキラリと光ったかと思うと、小さな地鳴りが聞こえ、足元が震えた。確か、魔法の属性は「土」だったかな。
「さて、エイミ。こんな前線に来たということは、君もさぞ魔力が高いんだろうね」
「買いかぶりかと…私は、イルが心配で来ただけです。ジルベルト様ほどではありません」
謙遜ではなく事実。
でも、私にもできることがあるから、ここに来た。大切な二人を守りたいという思いは負けない。
「奥方様は、優しい方です…それに、不思議な魅力がある。私、旦那様があんなに穏やかな笑みを浮かべているところ、初めて見ました」
「フィリオはあの子にベタ惚れだからね」
「はい。分かります。あのまま一緒に過ごせば、きっと奥方様と旦那様は幸せに暮らせていたはず…」
「ふん、当たり前だ」
声が聞こえ振り向くと、そこには不敵に笑う旦那様が立っていた。あ、でも怒ってる。とても怒ってる。立ち上るオーラが真っ赤だわ。分かりやすい。
「奥方様がいるんですから建物を爆破してはいけませんよ」
「言われなくても分かっている」
ああそういえば、あの時も笑っていたんだっけ。旦那様と出会ったときのことを思い浮かべ、何だかおかしくなる。
もうだいぶ、遠い記憶。
『弟が病気なの!お、お金を、出しなさい!さもないと、私、私…何するか、分からないわよ!』
魔法も上手く扱えず、汚い身なりで髪を振り乱して…ナイフ一本突きつけてきた小娘を見た旦那様は、怯えるでもなく、馬鹿にするでもなく、不遜に笑ってた。
『俺を脅す気概があるのなら、俺の元で働き、弟を守ってみせろ』
私にとって旦那様は物好きで、変な人。
でも幸せになってほしいとも思うの。
私とイルに、生きる術を与えてくれた人だから。
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