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35、努力への報い(テオ視点)
ニィノが行ってしまった。
俺の手を取ってくれると、思ったのに。
「なんで…どうしてだよ、ニィノ」
その場に膝から崩れ落ち、床に拳をぶつける。
「大丈夫ですか?テオ」
「エリアーシュ…、ニィノが、ニィノが」
「見ていましたよ。残念でしたね」
「どうしてあんな男のところに…幸せになんてなれるはずないのに」
「…」
にこ、とエリアーシュが微笑む。
その笑顔に違和感を感じて戸惑っていると、腕をぐい、と引っ張られた。
「幼なじみが説得することで、自分を買い上げた男に失望したら落ちると思ったんですが、残念です。こちらも計算違いでした。先ほどお膳立てもしてあげたというのに、それも生かせませんし。紅(くれない)一族の者を手に入れるチャンスを、あなたはことごとく潰した」
「エリアーシュ…?」
「あなたの行動力は目を見張るものがあったのですが、やはりそれでは無理だったのですね」
「何を、言って」
「ああ、大丈夫。あなたは何も知らなくて結構。所詮、選ばれざる人ですからね」
腕を引かれ、無理矢理立たせられる。
体が重たくて動かせない。
何だ?どうなっている?
「あなたはもう用済みだ」
ふわりと体が宙に投げ出される。
地面が近づく。
…ああ、そうか、いらないのは、俺の方だったんだ。
**
「…」
ゆっくりと目を開ける。体の痛みはほぼない。俺は生きているのか?それとも、もう…
「…あの、大丈夫ですか?痛いところありますか?」
「…?」
声がした方に首を向けると、そこには困った顔をした奴がいた。そして、「何でこいつがここにいるんだ?」と純粋に疑問を持った。
「一応、応急手当てはしました。僕はたくさん魔法を使うと疲れてしまうので、全回復とはいきませんが…まぁでも、これで死ぬことはないと思います」
「お、前…、何で、ここに…」
「あ、ダメです、動かないでください。せっかく"治癒"したのに、また傷が開きますよ。魔法が馴染むまでは我慢です」
「…」
俺の目の前にいたのは、ニィノと一緒に拐ってきた奴だった。名前は…なんだっけ、…イル?とかいったか。
「お前、ニィノと一緒に、逃げたんじゃ…」
「奥方様は旦那様とお逃げになりましたよ。旦那様はとても強い方なので、奥方様を守りきると思います。あ、ちなみに僕は、あなたが落とされるのを見てこっちに飛んできました」
「…どう、して」
「あなたが死んでしまったら、奥方様が悲しまれるかなぁ、と思ったので」
「…」
悲しむ、だろうか。
だってニィノは俺じゃなくて、あいつを選んだ。俺の何がいけなかったんだろうか。
「ニィノを、守りたかったのに…。そのために、魔法の勉強も、して、取り戻すために、たくさん、努力…して…それなのに、どうして、ニィノは俺を選んでくれないんだ…何で、あんな奴のところに…」
言っていて悲しくなる。
努力が足りなかった?
想いが足りなかった?
俺になくて、あいつにあるものは何だ?
ぐ、と手を握りしめる。
…が、それをほどくように、俺の右手をイルの両手が優しく握った。不思議に思って見上げると、にこりと微笑まれる。
「頑張りましたね」
「…!」
じんわりとした手のあたたかさと笑顔に、なぜか胸がしめつけられた。
「あなたは頑張り屋さんなので、僕も助けたいって気持ちになったんだと思います」
「…お前…」
「僕もね、たくさんたくさん頑張ったんです。昔の僕はすごく弱くて、魔法も安定して使えないような奴でした。姉さんにも旦那様にも、周りの仲間にも迷惑ばかりかけて…だから、強くなって僕の大切な人を守りたいという気持ちが強くて」
「……そうか」
「それで、頑張って頑張って、たくさん勉強もしました。魔法の練習もたくさんしましたよ。諦めないって、大切なことだと思います」
俺の手を握る力が少し強まる。
こいつの努力してきたことが、自分と重なって見えて、俺もニィノのために必死だったことを思い出した。
そうだ、一度ダメだったからって諦めることないよな。ニィノを取り返すために、また努力すればいい。
「だから、こんなことだって出来るようになったんですよ」
「?どういう、」
呆けていた俺を、バチッという衝撃が襲った。そのあと尋常じゃない痛みが右手に走る。焼けるような熱さ。目の前に星が散る。
体が麻痺していなければ、痛みでその場を転げ回っていただろう。
「ごめんなさい、練習はしたんですが、たぶん、これって痛いんですよね。泣かないで…」
優しく目元を拭われる。
その優しい言葉と仕草とは裏腹に、こいつはとんでもないことをした。震える右手の甲には、はっきりと"印"が刻まれていた。
「隷属の印…っ?!」
「これで、あなたは僕に逆らえません。…なんて、別に奴隷にするつもりはないですよ。ただ、僕の大切な人に近付こうとしたら、ちょっとお仕置きをするだけです。あなたは賢い人だから、意味わかりますよね?」
そっと頬を撫でられる。
「ね、テオさん」
無邪気に微笑まれ、ゾッと背筋に悪寒が走った。怖い。こいつが、恐ろしい。もしかしたら、もう印の効果が出ているのかもしれない。
…そして俺は、その恐怖と激痛から逃げるように、意識を手放した。
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