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40、愛しいあなたへ
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あたたかい光が庭に差し込む。
それを充分に堪能しながら、俺は日差しがあたるギリギリの端の方でひっそりと座っていた。
「あの…奥方様。そ、そろそろ旦那様が痺れをきらしてしまうかもしれません…!」
「でもフィリオは俺の場所分かるんだろ?」
「ええと、そうですね。でも動き回ったり隠れたりしてしまうと、さすがにすぐには見つけられないですよ」
「そっか」
この屋敷はやたらに広いから、歩き回るのも疲れる。俺のことを探してるフィリオは、もっと疲れているだろう。というか、俺には印が刻まれているんだから、本気で捕まえようとしてるなら、それこそ激痛を走らせればいいんだ。動けなくなるから。
…でもフィリオはそれをしない。しないって知ってる。
はぁ、とため息を吐くと、目の前の二人…イルとエイミが困ったように顔を見合わせた。
「旦那様と喧嘩なさったんですか?」
「ううん、してない。むしろ滅茶苦茶甘やかされてる」
「それならば、どうして旦那様から逃げていらっしゃるのでしょうか…?」
困ったように笑うエイミを見ると申し訳ない気持ちになる。
俺だって本当は逃げたいわけじゃない。
「だってさ」
「はい」
「…。笑わない?」
「もちろんですわ」
「僕も笑いませんよ!」
二人に真面目な顔で返され、ますます複雑な気持ちになる。違うんだ、別に大したことじゃないんだ。俺の気持ちの問題というかなんというか。
「フィリオが」
「はい」
「……俺のこと好きだって言うんだ…」
「…」
「…」
笑われこそしなかったけど、「何を言ってるんだ」みたいな顔で見られた。うん、そうだよな、そんな反応になっても仕方ない。
「俺のことが好きだとか、愛しいとか、可愛いとか、そういうことばっかり言うんだ!」
「そうですね、存じ上げています。昔の旦那様を知ってる私たちからしますと『あの旦那様が?!』という感じですが、奥方様にお伝えするのは自然だと思いますわ」
「その…言われるのは嬉しいけど、ずっと言うから、心臓がもたないっていうか…ドキドキしっぱなしで胸が痛くなるし、照れるし、なんか恥ずかしいし。それに、俺ってそんな風に言ってもらえる価値あるのかなって」
顔を伏せながらさらに小さくなる。
フィリオは俺が帰って来てからというもの、ものすごく甘く接してくるようになった。言葉もストレートで、今まで言われ慣れてなかったせいもあって、真っ直ぐ受けとめることが出来ずにいる。"価値"なんて、きっとフィリオは考えてないのも、分かってるんだけど。
「奥方様」
「な、何、エイミ」
エイミがしゃがみこみ、俺と同じ目線になってくれた。
「私が最初にお伝えしたこと、覚えていらっしゃいますか?」
「最初?」
「初めて会ったとき、ですね」
「ええと、フィリオは俺を嫁にするつもりで連れてきたってこと?」
「はい。奥方様は、旦那様の冷たく凍った心を溶かしたんですよ」
「溶かした、のかなぁ」
「だから自信をお持ちになってください。旦那様は、奥方様を心の底から愛していますわ」
言われた言葉に、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
「俺も、フィリオのこと好きだよ。大好きだ。ずっと一緒に居たいって、初めて思った人だからさ…きっと俺もフィリオのこと、愛しいって感じてるんだと思う」
胸元で揺れるロケットペンダントをぎゅ、と握りながら呟くと、二人ともすごく嬉しそうに微笑んでくれた。
イルもエイミも、きっとフィリオのことが大好きなんだよな。色々なところから断片的に話を聞くと、どうやら二人がここで雇われているのにも事情がありそうだけど…いつか聞いても、いいかな。
「…と、いう奥方様からのお言葉を聞いて、何かお返事はありますか?旦那様」
「え?」
「そうだな、…俺に直接言え、ニィノ」
「!!」
顔を上げると、そこにはいつの間にかフィリオが立っていた。反射的に立ち上がり、逃げようとしたけど、あっけなくフィリオの腕の中に囚われてしまう。
「俺が好きすぎて逃げる、というのは可愛いが…追いかけっこや、かくれんぼは疲れるぞ」
「だ、だってさ!今まで、す、好きとか、愛してるとか、言われたこと、ないし…!」
「なくて良かったな。もしも過去、ニィノに愛の言葉を吐いてる奴が居たのなら、そいつを捕まえて記憶を抹消しているところだった」
ちゅ、と首筋に口付けられ、肩を竦める。
「くすぐったいから…!」
「お前がここにいることを確かめたくなるんだ。我慢しろ」
振り向くと、いつの間にかイルとエイミはいなくなっていた。あれ、前にもこんなことあったぞ。
「ニィノ、お前は愛されることに慣れるべきだ」
「…いや、でもさ、」
「でも、も、だって、もいらない。お前はすべて俺のものだ。俺にすべてを捧げればいい…簡単だろう?」
「か、簡単じゃないからな?!」
まっすぐフィリオを見つめると、にやりと意地悪そうに微笑まれた。
「慣れさせてやるさ…一生かけて、な」
そして落とされた口づけに、結局俺は陥落させられてしまう。だって、逃げたって否定したって、俺の気持ちは変わらないんだから。
キスの合間に、ひっそりと「…好きだ」と告げたとき、幸せそうに笑ってくれたフィリオの顔を、俺はずっと忘れることはないだろう。
第一部 完
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