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番外編 その罪は①(イル視点)

「…よし、あとは生地を焼いて、と…」 完成間近のケーキの生地を見て、自然と頬が緩んだ。 調理場の熱気で汗が流れて、背中がじっとりと湿ってむずむずするけど、それ以上に上手く作れた達成感で嬉しくなった。 「あとは焼くだけね!ふふ、何だかいつもより力が入ってるんじゃない?イル」 「うん!奥方様が"食べたい"って仰ってくれたから、いつも以上に緊張したけど頑張ったよ…!」 奥方様は無事に救出されたあと、以前試食をしたケーキの感想を改めて僕に伝えてくれた。「どれも美味しかったけど、このフルーツタルトのケーキが特に好きかな」と優しく微笑みながら言ってくれて、すごく嬉しくなった。 でも「…お、お酒は入れないでくれると助かる…」とも言われた。もしかしてお酒弱いのかな? 今度から気を付けよう。 「喜んでくれるといいな」 「奥方様なら、きっと喜んでくださるわ」 「そうだね」 姉さんがわしゃわしゃと僕の頭をなでる。 「くすぐったいよ」と言いながら、少し照れくさくて笑うと、姉さんも笑ってくれた。 姉さんはよく笑うようになった。 昔は僕のせいで、辛そうな顔や、悲しそうな顔ばかりさせてしまっていたから、本当にここに来て良かったなぁと思う。 そんなことをしみじみと考えながら調味料を出し、机に並べる。 「あれ?」 「どうしたの?」 「調味料足りない…あ、そっか、この前切らしてたの忘れてた!買いに行かなきゃ!」 「あら、そうなの。じゃあ私も一緒に」 「大丈夫!一人で行けるよ。姉さんだって仕事があるんだし」 「そう?あまり遠くには行かないのよ」 あと、姉さんは心配症だ。 昔のこともあるけど、たぶんこの前拐われたことも関係してるんだと思う。 でも僕だって、魔法をコントロールするくらいできるようになったんだけどな。 『大丈夫よ、エイミ。イルが拐われそうになったら、私が蹴飛ばして、この嘴でつつくわ』 「ふふ、頼もしいわ。よろしくね、ハイレン」 ハイレンが窓枠で羽を大きく広げ主張する。 いやでも、ハイレンは"癒し"の精霊だから、攻撃は不向きなような…まぁ、いいか。 「よし、いってきます!」 そして僕は、ハイレンと一緒に屋敷を出て町に向かった。 ** 「ええと、これと…これ、あ、料理長が少なくなってきたって言ってた食材もついでに買って…」 「おう、イル。買い出しか?偉いな。よーし、こんなに買ってくれるんなら、おまけもしてやろう」 「ありがとうございます!」 「はは、お得意さんだからな」 店の主人にお金を渡し、荷物を両腕で抱える。 今でこそ普通の生活をしてるけど、昔はこんな風に買い物したり、会話できたりするなんて、…というより、人間的な生活ができるなんて思ってもいなかった。 「旦那様も食べるかなぁ…」 旦那様は意外と甘いものが好きだ。 奥方様と一緒に仲睦まじく食べる様子が思い浮かんで、何だか嬉しくなってきた。だって、絶対幸せそうに食べてくれる。 二人の様子を考えながら、足取り軽く歩を進める。もうすぐ屋敷が見えてくる、といったところで、ふと足を止める。 すると、路地裏の暗がりから手が伸びてきて、ぐい、と引きずり込まれた。 「わ」 「静かにしろ、騒ぐな」 口元を押さえられ、ずるずると中に引きずられていく。それを大人しく受け入れていると、通りの喧騒が遠くなったところで止まった。 「そのまま大人しくしてろよ。妙なことしたら…」 その瞬間、バチッという音がして、僕を捕まえていたその人はその場に崩れ落ちた。左手を押さえながら呻いているその人に、『イルから離れなさい!』とハイレンの小さな蹴りが炸裂した。あ、つつかれてる。 「ハイレンやめてあげて。たぶん痛くて動けないから。それ追い打ちだから」 さすがに可哀想に思ってハイレンを止める。そして起き上がれずに脂汗をかいているその人の近くにしゃがみこむ。 「すいません、手荒なことをされると、こうするしか…痛いことが嫌なら、もうこんな怖いことはしないでくださいね?」 「お、まえ…、ふざけん、な…っこの印、早く解呪しろ…っ!!」 「ダメですよ、だって解呪したらまた奥方様に近づくじゃないですか。…テオさん」 「当たり、前だ…っ」 目深にかぶっていたフードをずらすと、水色の髪が目に入る。 そしてその人…奥方様を拐った張本人のテオさんは、悔しそうに僕を睨んだ。

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