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番外編 その罪は②(イル視点)

「ええと、僕、買い物の途中なんですよ」 「くそ、この印さえなければ…!」 「そうですね。その印って、相手の場所が分かるんですよ。だから僕のこと襲っても無駄ですよ?」 「く…っ」 諦めるとは思っていなかったけど、まさか僕に直接襲いかかってくるとは思わなかった。もしかしてこの人は、印の仕組みをよく分かってないんじゃないだろうか。 「あ、そうか。印を刻んだのは僕だし、説明する責任があるかも…」 「…っ?何の話だ」 「あの、今日の夜ならお相手できますよ。町の噴水広場の、そうあそこです、見えました?日付が変わるくらいになったら行きますんで、待っていてください」 そう告げて、ぽかんとしているテオさんを置いて路地裏を出る。すると、追いかけてきたハイレンが肩に止まり、心配そうに僕の顔を覗きこんだ。 『イル。あんな約束して大丈夫なの』 「テオさんは僕の言葉に逆らえないし、さっき印に魔力を込めたら結構痛いみたいだったし…うん、大丈夫だよ」 『妙に行動的なあなたが、時々心配になるわ』 「あはは…ごめん。姉さんにも言われたことあるなぁ」 今はもう遠い昔となった記憶を思い出しながら、僕は屋敷に足早に戻っていった。 ** ーーーそして、夜… 「こんばんは。来てくれて良かったです」 「…解呪しろ」 「それはダメです」 手招きをして、ベンチに隣同士で座る。 ちら、と見ると警戒してるのが丸分かりで、何だか可笑しかった。猫みたい。 「僕、夜が好きなんです。静かで落ち着いていて…心が休まるというか」 「…」 「昔は朝が来なければいいって思っていました」 「…」 なるべく落ち着いた声で話をしてるけど、テオさんの反応はない。 「テオさんは、僕のことが怖いですか?」 「…別に。怖くないさ」 「そうですか。それなら良かったです。僕は印を使って誰かを隷属させるなんて嫌なんですけど…大切な人を守るためなら、有りなのかなって思うんです」 「あの主人を守るため、か」 「はい。旦那様と奥方様を守りたいんです」 僕に光を与えてくれた旦那様と、その旦那様が愛している奥方様…二人とも、僕の大切な人だ。 空を見上げ、星を数える。 昔は朝が来るのが恐ろしかった。 いつまでも夜であって欲しいと願った。 「テオさん、お暇なら昔話を聞きませんか?」 「は?」 「昔々、あるところに…」 「おい」 「とても魔力が強い少年がいました」 「…?」 「その少年は自分の魔力を上手く制御できず、魔法を使えば使うほど、体力を…命を削ってしまっていました」 少年の魔法は強力でした。 少年が契約していたのは"治癒"の精霊。 どんな怪我でも病でも、治すことができました。それを見た周りの大人たちは、その少年を使って商売を始めることを思いつきました。 そして、少年は日が昇ってから落ちるまで、休みなく魔法を使うことを強いられました。逃げようとすると、とても酷い暴力を受けます。 怪我人や病人を治すたびに、少年は息が苦しくなり、気を失い、時には血を吐きました。 それでも周りの大人は止めさせません。 だって、お金になるから。 唯一、姉だけが周りを止めようとしてくれましたが、その度に姉は暴力を振るわれ、それを見た少年は心が苦しくなりました。 「大丈夫だよ」と言えば言うほど、姉は泣きながら「ごめんね」と言いました。 ある日、体が動かなくなりました。発熱をして、節々も痛くて、自分の意思では顔を動かすくらいしかできません。 そしてその日は、さすがに周りの大人たちもどうしようも出来ず、久しぶりの休みになりました。日が暮れて部屋が橙色に染まる中、ぼんやりと天井を見つめていると、姉がやって来ました。 そして一言、「逃げよう」と言って僕の手を取りました。なぜか大金の入った袋を握りしめています。 どうしたんだろう、と思っていると、姉に突然背負われ、少年は外に連れ出されました。少し歩いた先で待っていたのは…豪奢な馬車と、その前で不機嫌そうに顰めっ面をしている男の人でした。 少年はその日… 本当に久しぶりに、あたたかいご飯を食べました。 そうして、その屋敷で働くようになり… 助けてくれた男の人に幸せになって欲しいと、心から思うようになったのでした。 「…と、まぁそんな感じなんですが」 「お前…結構壮絶な生い立ちなんだな」 「あはは、そうかもしれませんね」 「…。だから、お前の旦那様を信じろって言うのか?」 「優しい人なんだってこと、分かってほしくて」 「…。」 「テオさんも優しいですよね」 「は?」 「だって、最後まで話を聞いてくれました」 「…立つタイミングがなかっただけだ」 「ふふ、そうなんですね」 笑いかけると、ふいっと目を反らされてしまった。そしてテオさんは立ち上がり、歩き出す。 「…、俺は俺の目で、確かめる」 「そうですか…」 「それで、この印の解呪の仕方も調べるからな」 「無理矢理だと難しいですけど…まぁ、奥方様たちに危害を加えないって思うようになったら、外してもいいですよ」 「…。」 僕の言葉には答えず、テオさんは町中に消えていった。

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