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3、自分勝手な人
「お前は言葉を発することが苦手だな」
「旦那様」は、イライラした様子で俺を見る。怖い。この人は気にくわないことがあると暴力的だ。それはさっき嫌というほど理解した。
未だ俺に直接手をあげることはないが、いずれ叩かれる日も近いと思う。
「ごめんなさい…」
「謝るな。面倒だ」
そして自分勝手。いや、俺はこの人の所有物になったのだから…自分勝手に扱うのは間違っていないのかもしれないけれど。
「それと、1つ言っておこう。お前は俺のことだけを考え、俺のためだけに動き、俺のために生きればいい。他のことに気をそらしたら許さん」
「…はい」
今、俺は馬車に揺られながら屋敷を目指している。本当は買い上げられる前に身なりを整えるけど、俺はあのあとすぐに連れ出され、服も靴も落ちていたものを適当に身に付けた。
お風呂、入りたかったんだけどな…
お腹の中が気持ち悪い。吐き気がする。
ああ、この馬車、汚してしまってる。怒られるかな。殴られてしまったらどうしよう。痛いのは嫌いだ…。
「お前はなぜ泣きそうな顔をしている」
「…え…」
不思議そうに見つめると、ぐい、と指で顎をすくわれる。
「もう俺の言ったことを忘れたのか」
「…っ」
「俺の問いにはすぐに答えろ」
「な、泣きません…!」
「ほう?」
離してほしいと目で訴えかけると、思いの外すんなりと手を離してくれた。
「お前は俺に買われて悲しいんだろうな」
「そんなことは、」
「あいつらに買われた方がよかったか? 今ならまだ戻ることもできる」
「それは嫌です…っ!旦那様がいいです!」
ぶんぶんと首を振ると、「旦那様」は大層嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。最低だこの人。
「家についたら風呂に入るぞ。その身なりで屋敷をうろつかれてはたまらん。汚れる」
「…はい」
無理矢理連れてきた人がよく言う。
それならお風呂に入れてから移動させればよかったんだ。
「ふん、この髪も整えれば様になるだろう」
俺の髪をいじりながらぶつぶつと色々なことを言っている。それに対して適当に相槌を打ちながら、俺は「旦那様」を見つめる。
数時間前に初めて会ったときはよく見えなかったけれど、この「旦那様」は、なかなかに顔立ちが整っている。
不機嫌そうだけど精悍で整っている顔や、キラキラと銀色に輝く髪、冷たい深海を思い起こさせる濃いブルーの瞳。男の俺が見ても、カッコいい、と思う。男らしい体躯も羨ましい。
「お前の瞳は宝石のような色だな」
「…ほ、宝石…ですか?」
真っ赤な瞳は、色々な人に気味悪がられることが多く、宝石のようだと言われたことはなかった。この人の真意が分からない。
「……美しい色だ」
「え…」
「屋敷が見えてきたな。降りる準備をしておけ」
窓の外を見ると、大きな屋敷が見えてきた。
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