5 / 43
5、その方が好みだ
「戻ってきたか」
「は、はい。でもこれ…女性が着る服、では…」
「ああ。元々女を買う予定だったからな。それしかないから着ていろ」
「……はい」
どういうことだ。
じゃあなんで俺を買ったんだ。
疑問は尽きないが、何か旦那様の琴線に触れるものが俺に…、…あるかな。
とりあえずこの人に気に入られなければ俺は生きていけない。ぎこちなく、にこ、と微笑むと旦那様は眉をひそめた。
…?
何か間違ったことを言っただろうか。
「だいぶ躾られているようだな。金で買われたことをよく理解している」
「…っそ、そうですね。俺は旦那様のものになったので」
本当は従うなんてごめんだ。でも、抗ってはいけない。
旦那様はベッドに腰かけた。隣をぽんぽん、と叩かれ、俺はそこに座る。
「従順だな」
「……ありがとうございます」
「ふん、礼などいらない」
俺を嘲るように笑うこの男を殴ってやりたい。
でも、この体格差だ。返り討ちにされるだろうし、あっけなく捨てられてまた元の生活に逆戻りだ。そんなの、ごめんだ。
「お前は男なら誰でもいいんだろうが、この家に来たからには、生活は改めてもらうからな」
「誰でもいいなんて、そんなことは…」
「違わないだろう?お前は商品として売られていて、日毎違う男にその身を差し出していたんだ。会ったときも複数を相手にして、悦び、咽び泣いていたように見えたが?」
「…っ」
悔しさにぎゅ、と手を握りしめる。
そんな風に見えていたなんて心外だ。
でも、抑えないと。大丈夫、俺は、大丈夫だ。
「俺で物足りないとは思えないが、うちの家のものに手を出されたら困るからな。精々大人しくしていることだ」
大丈夫、大丈夫……
「お前は、俺を悦ばせることだけを考えろ。簡単だろう? 手練手管は教え込まれているだろうし、体は男を求める淫乱さを持ち合わせて、」
「…っざけるな!」
しまった、と思ったときには遅かった。
俺は、目の前の男を殴っていた。平手打ちなんていう可愛いものではない。拳骨で殴ってしまった。結構思いっきり。
「俺は…っ、好きでこんな、男とセックスできる体にされたわけじゃない!従順でないと、言うことを聞かないとひどい目に遭わされるんだ!だから生きるために仕方なかったんだ!知らないだろ!あんたみたいに恵まれている人は、飢えの苦しさも、焼けるような痛みも、何も知らないんだろ!それなのに俺のこと、知らないくせに…っ、勝手なこと言うなっ!」
はぁ、はぁと息を切らせながら、俺は自分の人生が終わったことを悟った。でも、それよりも、この人に嘲られ、馬鹿にされるのが嫌でたまらなかった。
「…それがお前の本当の気持ちか?」
「…っ、そうです」
「……」
旦那様が手をあげる。殴られる、と思った俺は、目をぎゅっと瞑った。しかし、痛みはやってこない。
「……?」
代わりに、ぐい、と引き寄せられ、唇に柔らかいものが押し当てられた。
「っ?!」
「は、何を驚いている」
「な、なん、」
「俺は気の強い奴が好きだ。従順で大人しく飼われる奴もいいが、反抗的な方が燃える」
「……」
呆気にとられて旦那様を見つめると、大層悪そうな笑みを返された。なに、この人。
「従順すぎるようなら取り替えようと思っていたが…お前は面白い奴だな。まさか殴られるとは思わなかった」
「…っ旦那様…、あんた、一体…」
「フィリオだ」
「え」
「俺の名前だ。特別に呼ぶことを許してやろう」
「…フィリオ様」
「『様』はいらない」
「……フィリオ」
呼ぶと、フィリオは満足そうに笑って、また俺に口づけた。
ともだちにシェアしよう!