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8、予兆

「…。これは何の騒ぎだ?」 「あ、いや、その…診てもらってます」 「なぜだ」 「ええと…」 エイミとイルに部屋に運ばれ、本当に医者が飛んできた。老齢の医者は顔面蒼白で、俺に触れるのも躊躇っていた。 不思議に思って聞くと、どうやら俺がフィリオの伴侶になったという話は結構広まっているらしく、粗相があってはならないと怯えていたらしい。 「あ、あの、フィリオ様。本日もご機嫌麗しく…ないですかな…?」 「こいつはどこか悪いのか」 「あ、いえ、健康ですぞ!あー、あー…でも、そうですな…」 え。 もしかして本当に悪いところがあるのか? 「栄養不足が否めないかと…」 「そうだろうな。しかし俺のものになったからには栄養不足になどさせない。心配無用だ」 「は、はい!」 可哀想なくらい医者は震えている。 さっきエイミが言っていた物騒な単語が頭をよぎる。 「あ、あの…他には、特に問題はないんですよね」 「え?あ、ああ、そうですな…ただ、その…今度、傷によく効く薬を持って参りましょう」 「あ…」 身体中に、店にいた頃つけられた折檻の痕が残ってる。それは店のオーナーにつけられたものもあるし、客につけられたものもある。 あまり思い出したくない過去だ。 「…おい、診察が終わったのなら帰れ」 「は、はい!直ちに!」 医者は脱兎のごとく逃げ出した。 一度もフィリオに目を合わせることがないように見えた。 「ニィノ」 「わ、?!」 両手で顔を挟まれ、顔を固定される。目線があうと、瞳が近く感じられた。吸い込まれそうなくらい綺麗な色だ…と思った。 「お前は今、何を考えている」 「え、えっと…」 「…躾が必要か?」 「い、嫌です! あ、あの、昔のことを、思い出していました!」 そうだ、答えが遅いとこの人は不機嫌になる。今まで自分の言葉を伝える機会なんてほとんどなかったから、新鮮な気持ちになる。怖いけど。 「敬語を使うな」 「は…、う、うん」 「お前は俺が言ったことをあまり理解できていないようだ」 「そ、そんなことないと思う、けど」 「いいや。分かっていない。お前はこの俺が買った、俺だけのものだ。それをもっと自覚しろ」 「…、そのこと、なんだけど」 「なんだ」 「俺、フィリオの嫁になったの…?」 「そうだ」 あっさり答えられて拍子抜けしてしまう。 やっぱり嫁なんだ…。 「俺、男だけど…」 「知っている」 「じゃあ、本妻がいる、とか」 「なぜ面倒な結婚を何回もしなければならない?」 「え、俺だけ…?」 「そうだ。俺は結婚に関しては何ら夢や希望など抱いていない。煩わしいとしか思ってこなかった」 「…? じゃあ、何で俺と結婚なんて…?」 問うと、フィリオはにやりと笑った。 そんな様もカッコいいけど、どうしてだろう、すごく不安な気持ちにさせられる。 「当ててみろ」 「え、そんな、急に言われても」 「まぁいい…答えは後日聞くとしよう」 そのままぐい、と引き寄せられ、フィリオの膝の上にすっぽりと体がおさまる。 「今日は、今後 俺のことだけしか考えられないように、じっくりと体に教え込んでやる」

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