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『エピソード 1』ー6
必死で脅かそうとする幽霊に申し訳ないくらいに何も見ていない。
(いやいや、暗いけど、誰か見てるって)
理性の勝利だった。
「ナナ、もうすぐ出口だから頑張れ」
「う、うん」
「それから――出口付近には気をつけ」
ネタバレしようとしたが既に遅し。
濡れた冷たい手が七星の首筋を掴んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁーーーーーーー」
目一杯の悲鳴を上げ、暗がりから明るい世界へと飛び出した。
――良い客寄せパンダになったことは言うまでもない。
七星の手を引っ張って廊下を走り抜ける。普段生徒の憩いの場になっているスペースの椅子に座らせ、樹は急いでこの階にある自販機に走った。
ペットボトルの水を手に七星の元に戻ってくる。
「大丈夫か」
珍しく息を切らせて、ペットボトルを七星の手に握らせる。
「ありがと……」
まだ話す気力もないのか、いつも以上に声が小さい。しかし、さっきは真っ青だった顔色はいくらか元に戻っていた。
(やっぱ昔と変わってねぇ。俺の思い違いじゃなかった……)
さっきまで握りあっていた方の手をぎゅっと握り込むと手汗が凄いことに気づいた。
(ナナの? それとも俺? ――役得とか呑気に思ってる場合じゃなかったか)
やや罪悪感を感じたが、無意識にぎゅっと握り返りしてきた手や縋りついてきた感触が蘇ってくる。
(やっぱ……役得)
「いっくん、どうしたの?」
「何?」
「なんかにやにやしてた」
「そんなことねぇ」
ふいっと視線を外す。
(やべぇ、顔に出てたか)
渡した水を飲んでいるのか、こくこくと喉を鳴らす音が聞こえてきた。
「僕……」
少しは落ち着いた様子だ。
「思い出した」
「何?」
「昔、お祭りでお化け屋敷に入ったこと。それで今みたいにずっと手を握って貰ってて、それで――それで――その後は思い出せない」
んーっと思案顔。
「お前、ぶっ倒れたんだよ。意識なくて、ナナのオヤジさんがおぶって駆け抜けて行ったんだ」
「あ、そうなんだ。あれ? いっくん覚えてるの?」
「ああ」
「え〜じゃあなんで止めてくれなかったの?」
ぷうっと頬を膨らます。
(なんだ、その可愛い顔は)
「大丈夫なのかって聞いたよな、俺」
「あ、そういえば?」
「お前が全く覚えてないようだから、ひょっとして俺の思い違いかと思ったよ」
「そっか……今日思い出して良かったよ――僕もう二度と入らないよっ」
重大な決意のように言うので、樹はぷっと笑ってしまう。
「そうしろ――あ、俺もう行かなきゃ」
スマホで時間を確認して、樹は立ち上がった。
「いっくん、ありがと。頑張って、お化け」
「お化けじゃないから。受付だし」
しかし、さっき行ってわかった通り、受付もしっかりメイクしていたのだ。去って行く背を見ながら。
(見たかったなぁ、いっくんの……。でも、もう一度入るのは、ムリ!)
ごくごくと水を飲み干した。
そのまま一人座って、ぼうっと人の波を眺める。
(そういえば……いっくん、ずっと手を握っていてくれてたんだ……)
あまりの怖さにそれを堪能する余裕もなくて。すごく残念だ。なんとなく手にぬくもりが残っているような気がする。
(あんな……恋人同士みたいな……)
じんわりと顔が赤くなっていった。
「なんか、にやにやしてんな」
「そりゃあ、あんなにぎゅっと手を握られて、心配されて、お世話されてりゃあななちゃんも嬉しいでしょ」
実はだいぶ前から割と近くで二人を見ていた。
「一人で入るとは思わなかったけど、樹が一緒とは。アイツも役得だったでしょ」
「ちぇっなんか悔しい。七星のあの幸せそうな顔!」
「えっなにっあんた、まだななちゃんのことっ」
お決まりのやり取りをしつつ、いつ声を掛けようか悩む二人だった。
♡♡ おしまい ♡♡
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