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第2話 対面
国境を越え、リヨンが足を踏み入れた隣国の都は、驚くほど静かだった。
往来には人の姿こそあるものの、誰一人として無駄口を叩かず、足音だけが乾いた石畳に響いている。
視線が合えば、民はすぐに目を伏せる。
それは礼儀というより、どこか“恐れ”に近いものだった。
――なるほど、冷酷王。
そう思いながらも、俺は違和感を覚える。
街は整い、汚れはなく、兵の動きも無駄がない。混乱も、不満の声も見当たらない。
恐れられてはいる。だが、それだけではない。
この国は、確かに統べられている。
静寂の奥にある秩序に、俺はわずかに目を細めた。
玉座の間は、息をすることすら憚られるほどの静寂に包まれていた。
正面、高座に座す男――ヴィルユーグは、噂に違わぬ美貌を持ちながら、その表情には一切の感情が浮かんでいない。
「アルヴェリア王国より参りました、リヨン=ヴィダル=キュネームにございます」
礼を取り、顔を上げる。
だが返ってきたのは、歓迎でも興味でもなかった。
「用件を述べよ」
ただそれだけ。
俺は一瞬だけ間を置き、言葉を選ぶ。
「此度の婚姻について――」
「不要だ」
遮られる。あまりにもあっさりと。
俺は目を見開き、ヴィルユーグを凝視した。
「貴国の姫に興味はない。婚姻に価値も見出せん。ただ、面倒なので放置した結果、そちらから勝手に来るという話になっていただけだ」
予想外の拒絶に、思考が一瞬止まる。
だが俺ははすぐに口を開いた。
「……では、婚姻という形に拘る必要はございません」
わずかに声を強める。
視界の端で従者が震え上がるのを捉えた。
俺だって波風を立てたくて来たわけじゃないんだが。
でも、ここまで来たからには止めることはできない。
「我が国が求めるのは、あくまで同盟です。両国が手を結ぶこと自体にこそ意義がある」
ヴィルユーグの視線が、初めてわずかに動いた。
「ほう」
興味とも嘲りともつかぬ一音。
「続けろ」
促され、俺は言葉を重ねる。
「貴国と我が国が同盟を結べば、周辺諸国への抑止力となります。交易路の安定、資源の融通、軍事連携――いずれも長期的には確実な利となるはずです」
一息に言い切ったが、返ってきたのは冷徹な現実だった。
「一般論だな」
一蹴。
「それらは婚姻を伴わずとも成立する。あえて我が国が貴国を選ぶ理由にはならん」
淡々とした声音。だがそこに揺らぎはない。
「そもそも、我が国が他国と同盟を結ぶ必要があると?」
問いですらない。ただの確認。
確かに、この国は強い。
街に満ちていた秩序が、それを証明している。
それでも――俺は引かなかった。
「必要がないからこそ、です」
俺はヴィルユーグから視線を逸らさず言い返した。
「利だけで結ばれた関係は脆い。しかし、利を越えて結ばれた関係は、やがてより大きな利を生みます」
一瞬の沈黙ののち、ヴィルユーグの瞳が、わずかに細められた。
「……理想論だ」
そう断じながらも、先ほどのような即時の切り捨てではなかった。
「だが」
ゆるやかに頬杖をつき、リヨンを見下ろす。
「完全に無価値とも言い切れんな」
その視線が変わる。
無関心から、観察へ。
「では示せ」
低く、静かに告げられる。
「我が国が貴国と同盟を結ぶことで、何を得るのか」
ふんぞりかえる男の前に、俺は完全に逃げ場を失った。
「抽象ではなく、具体で提示しろ」
試されている。
国ではない。
この場に立つ、自分自身が。
俺は息を整え、男の前で深く頭を垂れた。
「……承知いたしました」
その返答に、ヴィルユーグは微かに口元を緩めた。
「アルヴェリアにお前のような男がいたなんてな」
それが笑みであったかどうか、リヨンには判別できなかったが――。
少なくとも、この瞬間。
俺は「ただの使者」ではなくなった。
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