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第3話 国を知る
城に滞在するよう命じられた翌朝、リヨンはすぐに違和感を覚えた。
共に入城したはずの従者たちの姿が、どこにも見当たらない。
「……私の従者は、どこへ?」
控えめに問いかけると、案内役の側近は歩みを止めもせずに答えた。
「既に帰国していただいた」
「帰国……?」
思わず聞き返す。あまりに一方的だ。
「王のご判断だ。交渉役は貴殿一人で十分とのこと」
淡々とした口調に、拒否や交渉の余地は感じられない。
「……随分と、用心深い」
わずかに皮肉を滲ませると、側近はようやく足を止め、振り返った。
「当然だ。貴殿は客人であると同時に、“敵国の人間”でもある」
その視線は冷たく、隠す気もない警戒を宿している。
「無用な接触は避けていただく。我々としても、余計な問題は望まない」
言い置かれ、再び歩き出す背を俺は静かに見送った。
用意された部屋は意外にも豪奢で、不自由はない。
だが廊下に出れば、常に誰かの視線を感じる。
歓迎されていないことはわかるが……。
まあ、監視されているのだろう。
外との繋がりを断たれた今、ここでの自分はただの異物者に過ぎない。
俺はこっそりと小さく息を吐いた。
「本日は、市中の視察をご案内いたしますな」
そう告げたのは、ヴィルユーグに仕える老執事――クラウスだった。
白髪をきちんと撫でつけ、背筋は年齢を感じさせないほどまっすぐだが、その声音にはどこか柔らかさがある。
「……客人にしては、随分と自由を与えてもらえるんだな」
俺が軽く皮肉を混ぜると、クラウスは小さく笑った。
「監視の目が届く範囲であれば、という条件付きでございますが」
否定しないあたり、この国らしい。
城を出て街へ出る。
だが、俺は思わず足を止めかけた。
「……静かだな」
昨日も覚えた違和感。
街中に人はいる。商人も、子どもも、兵も。
それでも妙に整いすぎている。無駄な動きも、無駄な声もない。
「皆、規律を守ることを叩き込まれておりますので」
クラウスは穏やかに言う。
「恐れている、の間違いじゃないのか」
俺の言葉に、通りすがりの男が一瞬だけ肩を揺らし、すぐに視線を落とした。
やはり、王は恐れられている。
だが――。
「不満の声が聞こえないな」
自然と口をついて出る。
露店の品は整い、道は清潔に保たれている。兵も民に威圧的ではない。一定の距離を保ち、ただ見守っているようだ。
「それは、恐れだけでは成り立ちませんな」
クラウスが静かに続ける。
「我が国では、法と罰が明確でございます。例外はございません。たとえ貴族であろうとも。これはヴィルユーグ様がお決めになったことです」
「……貴族でも、か」
思わず足を止める。
「はい。横暴や不正があれば、必ず裁かれます」
穏やかな口調のまま、断言する。
――だから歪まないのか。
恐れられているのは王の気まぐれではない。
誰にも等しく向けられる“規律”そのものだ。
俺はゆっくり息を吐いた。
「……冷酷な王、ね」
そう呼ばれる理由は分かる。
だが、それだけではない。
「合理的すぎる、というべきか」
呟くと、クラウスはわずかに目を細めた。
「陛下は、無駄を何より嫌われますからねえ」
その言葉には、どこか誇りのようなものが滲んでいた。
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