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第4話 2度目の対面

 その日は朝から夕方まで一度もヴィルユーグの姿を見ることはなかった。  城内は慌ただしく動いていたが、その中心にいるはずの王は、どこにも現れない。 「本日は公務が立て込んでおられますので」  クラウスがそう言ったきりだ。  合理主義の王、か。  ならば、俺のことなど優先度は低いのだろう。  そう思っていた矢先だった。 「……陛下がお呼びです」  夕刻、控えめに扉を叩いた侍従が告げる。  通されたのは、謁見の間ではなく食堂だった。 長い卓の中央に、すでにヴィルユーグが座している。 「来たか」  それだけ。歓迎の言葉はない。  だが、わざわざ“食事に呼ぶ”という行為自体が異質だった。 「……ご一緒しても?」  確認すると、彼は一瞥だけ寄越す。 「好きにしろ」  許可とも命令ともつかない返答。  席につくと、給仕が静かに料理を並べていく。  さすが大国。海のものも山のものも全てが手に入るんだな。  そんなことを思い、ふと視線を上げた瞬間、俺はわずかに目を細めた。  ――綺麗だな。  食事の所作に、一切の無駄がない。  音も立てず、流れるようにナイフとフォークを操るその姿は、どこか儀式めいてすらいる。 「何だ」  視線に気づいたのか、低く問われる。 「いえ」  俺をチラッと見る以外に、ヴィルユーグは特に反応を示さなかった。  再び食事に戻る。  食器を動かす音以外、シンとした空間。  だが、不思議と居心地は悪くなかった。  イリーナや他の貴族、皇子たちと食事をすると賑やかすぎて気疲れするからだろう。 「今日、街を見たらしいな」  唐突に、ヴィルユーグが口を開いた。 「どうだった」  試すようでもなく、ただ事実を求める声音。 「……整いすぎている、という印象でした」  俺は少し考えてから素直に答えた。 「それから、きちんと法が機能している」  ヴィルユーグの手が、わずかに止まった。 「続けろ」  短いが、確かな促し。 「例外がないからこそ、民も従う。貴族であっても裁かれる――だから不満が表に出にくい」  言い終えると、ほんの一瞬だけ静寂が落ちる。 「……的外れではないな」  やがて返ってきたのは、否定ではなかった。  そのまま、彼は再び食事を進める。  だが先ほどとは違う。完全に無関心な態度ではない。 「貴様は、どう見る」  ふいに向けられる問い。  それは、ただの確認ではなく――意見を求められている。  俺はわずかに目を見開いた。  臣下でもない、敵国の人間である俺に。 「……長く続けるには、どこかで歪みが出るかと」  言葉を選びながら答える。 「人は常に理だけでは動きませんから」  ヴィルユーグは何も言わない。  ただ、静かにこちらを見ている。  その視線は、もう“無関心”ではなかった。 「……面白いな」  ぽつりと落ちた一言。  それは独り言のようでいて、確かに俺に向けられていた。  その瞬間、はっきりと理解する。  ――この男は、俺の言葉を聞いている。 「……ありがとうございます」  俺は今までに抱いたことのない胸のざわめきを感じ、誤魔化すように視線を料理の方へ落とした。  だが、ヴィルユーグの視線は俺に向いたまま。 「あの……、まだ何か?」 「リヨン」  どくん、と心臓が跳ねる。  初めて、名を呼ばれた。 「……はい」 「その銀髪は、元からか」  思わず一瞬、言葉に詰まる。 「……生まれつきです」  予想していなかった問いだった。  政も交渉も関係のない、ただの、雑談。 「アルヴェリアでは、銀髪は珍しくないのか」 「いえ、そう多くはありません。ですが、父方に北方の血が混ざっていると聞いたことがあります」  答えながら、内心で戸惑いが広がる。  なぜ、そんなことを?  俺の答えを聞いて、ヴィルユーグはわずかに目を細めた。 「そうか」  それだけ。  だが、その視線はどこか探るようで、先ほどまでとは違っていた。  沈黙が落ちる。  けれどそれは、先ほどまでの無機質なものではない。 「……妙だな」  ヴィルユーグが低く呟く。 「何が、でしょう」 「貴様のような者が、ただの駒として扱われていることがだ」  一瞬、呼吸が止まる。  その言葉は評価なのか、それとも単なる分析か。  判別がつかない。 「……私は、皇族でも女系ですからね。いてもいなくても変わらない、その程度の存在です」  そう返すと、ヴィルユーグはわずかに首を傾けた。 「そうか?」  短い問い。だが否定を含んでいる。  視線が、再びこちらを捉える。  観察するように。  何かを確かめるように。 「……面白いな」  もう一度、同じ言葉が落ちた。  だが今度は、先ほどよりもわずかに温度があった。  この男は、何を見ている?  理解できないまま、リヨンは静かに息を整えた。  ただ一つだけ確かなのは、  この場にいる自分は、もはや“ただの使者”ではないということだった。

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