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第6話 対立
「第七隊の件について、進言がある」
執務室に通された直後、俺は間を置かず切り出した。
机に向かっていたヴィルユーグは、ペンを置きもせず答える。
「聞こう」
視線すら上げない。だが、拒絶もない。
「命令違反とされていますが、処罰は再考すべきです」
そこでようやく、手が止まった。
「理由は」
短い問い。
「現場は機能していません」
言い切ると、ゆっくりと視線が上がる。
「規律は守られている。だが、そのせいで判断が封じられている。あのままでは、命令を守れば被害が出る、守らなければ処罰される。そういう状態です」
「だから命令違反を容認しろと?」
低く落ちる声に、わずかな圧が混じる。
「いいえ」
俺は首を振った。
「規律は必要です。それがなければ軍は崩れます」
ヴィルユーグの目が、わずかに細められる。
「だが」
俺は一歩、前に出ながら言った。
「例外がなければ、人が壊れる」
空気が張り詰める。
「例外は腐敗を生む」
即座に返ってくる声は固い。
「線引きが曖昧になれば、必ずそこに甘えが生じる。規律は一度緩めれば元には戻らん」
正論だ。
今までこの国が安定していた理由がここにある。
「……承知しています」
だけど、俺も引かない。
「だから“無制限の例外”ではなく、“条件付きの裁量”を」
ヴィルユーグは何も言わない。
「緊急時のみ現場判断を許可する。だが必ず事後報告を義務づける。判断基準も明文化する」
言葉を選びながら続ける。
「逸脱すれば厳罰。だが正当であれば評価する」
それならば――。
「規律は維持される」
言い切ると、部屋の中は静寂が戻った。
ヴィルユーグはゆっくりと椅子に背を預ける。
その視線が、まっすぐにこちらを射抜いた。
「……貴様は、兵の側に立つのか」
試すような、しかしどこか確かめるような声音。
「立ちます。私は騎士ですから」
迷いなく答えた。
「命令を守ることと、人を守ることは、本来対立するものではないはずです」
ほんの一瞬。
ヴィルユーグの目に、何かがよぎった。
だがそれはすぐに消える。
「理想論だな」
いつもの調子で切り捨てられる。
しかし、ヴィルユーグは言葉を続けた。
「だが、筋は通っている」
その瞬間、俺は目を見開いた。
ヴィルユーグの眼が俺をしっかりと捉えている。
受け入れられた、と明確にわかった。
「……第七隊の処分はどうなっている」
いつのまにかリヨンの後ろに立っていたクラウスに、ヴィルユーグは尋ねる。
「現時点では、規定通りの減俸と降格が予定されております」
「そうか」
短く応じると、ヴィルユーグは再び沈黙した。
考えている。
この男は、いっときの感情で判断しない。
だが、一度“合理的”と判断すれば、躊躇もない。
やがて、口を開いた。
「処分は一部保留とする」
俺は息を呑んだ。
「行動の正当性を再検証する。その上で、条件付きで不問とする可能性も考慮する」
それは――事実上の見直しだった。
「併せて」
ヴィルユーグは続ける。
「現場裁量に関する新たな規定を策定する。例外ではなく、“制度”として扱う」
完全な採用。
俺の提案を、そのままではなく“国の形”に落とし込んでいる。
「……よろしいのですか」
思わず問うと、ヴィルユーグはわずかに口元を歪めた。
「貴様の案が合理的だからだ」
それだけ。
兵たちに情をもったわけではない。
だが、それでいいと俺は思った。
「ただし」
ヴィルユーグの視線が鋭くなる。
「失敗すれば、その責は重いぞ。貴様の言葉は、今アルヴェリアの言葉と同義だということはわかっているな?」
「承知しています」
即答する。
そのやり取りのあと、ふっと空気が緩んだ。
「……リヨン」
名を呼ばれる。2度目だ。
顔を上げると、ヴィルユーグは静かにこちらを見ていた。
「貴様は、厄介だな」
予想外の言葉に、わずかに目を瞬く。
「だが、敵にするには惜しい」
その一言が、胸の奥に落ちた。
「光栄です」
「勘違いするな……貴様を信頼したわけではない」
「……ええ」
「今は、使う価値があると判断しただけだ」
俺は黙ってヴィルユーグの視線に自分のそれを合わせた。
自分の価値、それはアルヴェリアの価値と等しい。
暗闇だった同盟への道が開きかけている、そんな気がした。
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