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第8話 交錯
ヴィルユーグに呼び出される頻度が増えてから、数日が経っていた。
会議、視察、報告――そのどれにも同席させられ、気づけば城内での立ち位置も曖昧になっている。
客人でも、使者でもない。
かといって臣下でもない。
(……そろそろ、だな)
ふと、そんな考えがよぎる。
同盟のための交渉。
その成果も、ようやく形になりつつある。
軍の規定見直し、財政の調整。
どれも小さいが、確実に“繋がり”は生まれている。
本来ならそれを持ち帰り、自国へ報告すべき時期だ。
(長く居すぎている)
そう思うのに…。
「訓練場へ来い」
今日もまた、短い命令が下る。
理由は告げられない。
「……御意に」
結局、従うしかない自分に、わずかに苦笑した。
訓練場に入った瞬間、鋭い視線がいくつも向けられる。
だがその中でも、ひときわ遠慮のない視線があった。
「あんたが噂の騎士様か」
軽い声。
振り向くと、一人の男が壁にもたれかかるように立っていた。
長身で、無駄のない体つき。
気だるげな笑みを浮かべているが、その目は鋭い。
「俺はアレクシス・ヴァルディエ」
気軽に名乗り、顎をわずかに上げる。
「この国の騎士団長をやってる」
騎士団長。
つまり、この国の“武”の頂点。
「リヨン=ヴィダル=キュネームです。アルヴェリアから来ました」
名乗り返すと、アレクシスは不躾にじっとこちらを見つめた。
「へえ……なるほどね」
アレクシスはゆっくりと俺との距離を詰めてくる。
俺は思わずギュッと身を固くした。
「確かに、これは目立つ」
視線が頭のてっぺんからつま先まで巡る。
「銀髪か。しかもその顔立ちだ。城の連中が騒ぐのも無理はない」
「……何が言いたいんですか」
抑えた声で返すと、アレクシスは肩をすくめた。
「人は見た目で判断する生き物だってことだよ」
さらに一歩、距離が詰まる。
近い。
(……この距離感はどうなんだ)
わずかに身構えた、その時。
「アレクシス」
俺たちの間に低い声が割り込んだ。
「その必要はない」
振り返ると、ヴィルユーグが立っている。
「なんだよ、少し話してただけだろ」
「業務に関係のない接触は不要だ」
即座に切り捨てる声音からは何故か苛立ちを感じる。
「相変わらず余裕ないな」
それに対して、アレクシスはやれやれといったようなポーズを大袈裟にして見せる。
「必要がないだけだ」
ヴィルユーグは一切取り合わない。
その空気に、アレクシスは小さく笑った。
「はいはい。騎士団長としての仕事に戻りますよ、陛下」
言いながらも、その視線は俺から離れない。
「……楽しみだよ」
ぽそりと呟かれた言葉に、俺は目線だけで応えた。
(面倒なことになりそうだな)
直感が告げる。
「リヨン、来い」
ヴィルユーグが俺を呼んだ。
「……はい」
「剣は扱えるな」
「一通りは」
答えると、無言で剣が差し出される。
「手合わせ、ですか?」
「ああ」
それに従い、剣を取る。
久しぶりの重みに、俺は自国の騎士団へと思いを馳せた。
つい先日までそこにあった日常。
(同僚たちは俺の帰りを待っているだろうか……。それに、イリーナや皇子たちは?)
「何を考えている?ここが戦場ならすぐにやられているぞ」
思考を断ち切るように、声が落ちる。
俺はハッとし、目の前の剣を握り直した。
「俺も……即位するまでは、前線に立っていた」
俺はわずかに目を見開く。
王自らが、前線に。
「今も最低限は維持しているつもりだ。体が鈍っては敵わんからな」
そう言って、ヴィルユーグも剣を構える。
隙のない構えだった。
(……本気だな)
自然と気が引き締まる。
「来い」
踏み込む。
剣がガーーンッとぶつかる音が、乾いた空気に響いた。
……重い。
一撃一撃に、無駄がない。力で押される。
体格差は明らかだった。
(……強い)
受け流しながら距離を取る。
だが、すぐに詰められる。
速い。
無駄がない分、隙もない。
「どうした」
余裕のある声。
「こんなものか」
挑発ではない。事実確認のような声音に手の力がこもる。
「……まだです」
低く返し、さらに踏み込む。
速度を上げ、真正面からではなく横へ。
軌道をずらし、死角に入る。
そして生まれる、一瞬の隙。そこを突く!
だが――。
「甘い」
易々と弾かれ、俺は目を見開く。
こちらの動きを読まれている。
だが、完全ではないことはわかった。
そのわずかな“遅れ”を拾う。
俺はヴィルユーグに向き直り、踏み込みをもう一段階速める。
刃が、ヴィルユーグの肩口を掠めた。
ぴたり、と動きが止まる。
静寂。
互いに剣を構えたまま、動かない。
やがて、ヴィルユーグがゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
剣を下ろす。戦意はもう感じられなかった。
「速さで補うか」
視線がまっすぐに向けられる。
「悪くない」
その一言が、俺の心に静かに落ちた。
「体格差を理解している動きだ」
「……ありがとうございます」
わずかに息を整えながら応じる。
アレクシスが、横で口笛を吹いた。
「へえ、やるじゃないか。あいつにそこまで言わせるとはな」
「黙れ」
即座に遮られるも、アレクシスは意に返さずニヤニヤしている。
ヴィルユーグは再びこちらを見た。
「判断はいい。だが精度が足りん」
その目は、完全に“見極める側”のそれだった。
「……はい」
自然と背筋が伸びる。
「次はそこを詰める」
短く言い切る。
そして――。
「また稽古をつける」
当然のように告げられた言葉に、一瞬言葉に詰まる。
(……また、か)
本来なら、断るべきかもしれない。
帰国の時期だって、近い。
それなのに……。
「……御意に」
気づけば、そう答えていた。
ヴィルユーグは満足げに小さく頷き、踵を返す。
その背を見送りながら、ふと胸の奥がざわついた。
(……帰らなければ)
そう思うのに。
なぜかその言葉が、ひどく遠く感じられた。
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