14 / 19

第14話 手紙

 朝食の後、リヨンは一人、客室へと戻っていた。  扉を閉めると、ようやく一息つく。  先ほどまでのやり取りが、まだ頭のどこかに残っている。  自分を落ち着かせるために小さく息を吐き、机に向かった。  羊皮紙とペンを取り出し、ゆっくりとインクを含ませる。  アルヴェリアへ、自分の見聞を伝える報告書を書こうと思ったのだ。  それが、今自分ができる役目の一つだろう。  さらさらと、文字を書き連ねていく。 「当国は規律が厳格にして、軍の統制は極めて高水準にある。無駄がなく、命令は迅速に伝達されている」  手は迷いなく動く。 「民の生活は安定しており、表立った不満は見られない。市場も秩序を保ち、治安は良好」  一度、ペンを止める。  頭の中に浮かぶ光景――整然とした街並み。  無駄な喧騒はないが、活気が失われているわけでもない。 (……王を恐れてはいるが、乱れてはいない)  俺は再び、筆を走らせる。 「王ヴィルユーグは合理的な統治を行っており、判断に無駄がない」  そこまで書いて、ふと手が止まる。 (合理的……確かにそうだが、それだけか?)  わずかに思考が揺れる。  視線が、書きかけの文に落ちる。 「……冷酷と評されるが、それは必ずしも正確ではない」  気づけば、そんな一文が加わっていた。  そして俺は思考する。なのに、時だけが経つ。  インクがじわりと滲む。 (何を書いているんだ、俺は)  報告としては、不要な一文。  だが、消せずにいる。 「……いや」  小さく息を吐く。 「陛下に情がないわけではない」  そこまで書いて、完全に手が止まった。 (……違う)  これは、報告ではない。  ただの私情だ。 「……」  書くことで自分の思考をまとめようとしているだけにすぎない。  思わず、ペン先が紙に触れる。 「昨夜は――」  その一言を書きかけて、止めた。  心臓が、わずかに強く打つ。  同じ寝台で眠ったこと。  すぐ隣に、その存在を感じていたこと。  そんなことを、報告する必要があるのか。  いや、むしろ知られてはいけない気がする。 「はあ……」  俺はゆっくりとペンを置いた。  書きかけの紙を見つめる。 (書き直そう……)  一度書いた紙を脇へ退け、新しい羊皮紙を広げる。  今度は、余計な言葉を排する。  簡潔に、正確に。 「当国は同盟国として十分な価値を有する」  淡々と、書き進める。 「統治は安定し、軍事力も高い。規律は厳しいが、それにより国内の秩序は保たれている」  今度はすらすらと筆が踊る。 「双方にとって利益のある関係を築くことが可能と判断する」  書き終え、俺は静かに息を吐いた。 (……これでいい)  感情を排した、使いの者としての報告。  それで十分だ。  けれども、ちらりと最初に書いた紙を見る。  そこに残された、消しきれなかった言葉。 (……余計なことだ)  小さく首を振る。  そしてそっとイリーナや皇子たちへの健康を案じる言葉だけを書き足した。  手紙を書き終えた俺は、窓辺へと歩み寄る。  外を見下ろすと、城下の街が広がっている。  人々は整然と行き交い、声を荒げる者はいない。  市場では、商人が静かに品を並べている。  その中で、子供たちが笑っていた。 (……悪い国ではない)  ぽつりと、内心で呟く。それは間違いない。  視線を細める。 (この国となら、同盟は成立する。……いや、俺がしてみせる)  そんな決意が湧き上がってくる。  母国を守りたい、忠誠心は騎士になったときから今も変わらない。 (……ならば)  目的は、見えている。  そのために、自分はここにいるのだ。  視線を戻し、手紙を手に取る。  扉を開け、廊下へ出る。  ほどなくして、クラウスの姿を見つけた。 「クラウス」  声をかけると、穏やかに一礼される。 「リヨン様、いかがなさいました」 「この辺で、郵便屋はあるだろうか」  そう問うと、クラウスはわずかに目を細めた。 「手紙でございますか」  俺は頷いた。 「一日に一度、城に配達が参ります」  クラウスは静かな声で続ける。 「預かっておきましょうか?」  その言葉に、俺は迷いなく頷いた。 「……助かる。頼む」  手紙を差し出すと、クラウスはそれを丁寧に受け取った。 「確かに、お預かりいたします」  その表情は穏やかで、いつもと変わらない。 「よろしく頼む」  そう言って手紙から手を離す。  これで、報告はアルヴェリア届くだろう。  さて、午後からは会議だ。  その前に、訓練所でも行こうか。  歩き出しながら、ふと背後を見る。  クラウスはすでに踵を返し、静かに去っていくところだった。  その背を見送りながら、リヨンは小さく息を吐く。 (これでいい)  任務は順調だ。  そう思う。  だが、なぜか、胸の奥にわずかな引っかかりが残ったままだった。

ともだちにシェアしよう!