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第17話 空回り
庭園に満ちていた穏やかな空気が、ゆっくりと形を変え始めていた。
紅茶が冷めるたびに淹れ直されるが、ヴィルユーグは変わらぬ表情のままリヨンを見ている。
その視線に耐えきれなくなったように、俺は口を開いた。
「……俺は、そろそろアルヴェリアへ戻るべきだと思っています」
言葉にした瞬間、自分でも分かるほど空気が張り詰めた。
ヴィルユーグの視線が、わずかに鋭くなる。
「理由は」
短く、低い声だった。
「騎士団の任務がありますし……長く離れれば統制にも影響が出る。それに、イリーナの件も……確認しておきたい」
並べたのは、もっともらしい理由だ。
けれども、その裏で別の感情が渦巻いている。
……これ以上ここにいたら、戻れなくなる。
それが、怖かった。
ヴィルユーグが自分の生活に入り込みすぎている。
その事実が、じわじわと現実味を帯びてきていた。
「……」
沈黙が落ちる。
そして、ややあってヴィルユーグは言った。
「帰すつもりはない」
きっぱりと告げる言葉。
「……は?」
それに、思わず声が漏れる。
あまりにも、自分勝手だ。
「お前がここにいる意味を忘れたのか」
「忘れてはいません。ただ、婚約は破棄された。目的の半分は達成されています」
俺はヴィルユーグに言い返す。
だがヴィルユーグも一歩も引かない。
「同盟の是非は、まだ決めていない」
「それは……!」
「お前次第だ」
言葉を遮られる。
ヴィルユーグは決して怒ってはいない。それなのに、言葉には圧があった。
俺は言葉を失った。
視線を逸らし、拳を握る。
「……どうすれば」
ようやく絞り出した問いに、ヴィルユーグはわずかに沈黙した。
ほんの一瞬、逡巡するような間。
そして――。
「お前が、代わりに嫁になればいいかもしれない」
その瞬間、空気が止まったような気がした。
「……は?」
思考が追いつかない。
今、この男に何を言われたのか。
「……何を、」
言いかけて、言葉が続かない。
ヴィルユーグ自身も、ハッとした顔をした後黙り込んでしまった。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのように視線を戻す。
(冗談……だったのだろうか?)
人の気持ちを掻き乱して、おちょくっているのか。怒りが沸々と湧いてきて、俺は理性が止める間もなく口にしていた。
「……ふざけないでください。こちらは真剣に――」
「ふざけていない」
俺の怒りを受け流すように、言葉が遮られる。
ヴィルユーグの目は、真剣そのものだ。
俺は息を呑む。
「お前が利用できる男だとは分かった」
まっすぐに見据えられる。
逃げ場のない視線。
「……それだけではない」
一瞬の間。
そのあと、はっきりと告げられた。
「手に入れたいと思っている」
「……っ」
心臓が強く打つ。
何を言われているのか、ハッキリとは分からない。
否、分かりたくない。
だが――、頭の奥であの夜の記憶がよみがえる。
唇の感触。
指先の距離。
庭園での言葉。
全部が一気に繋がっていく。
(……この男は、本気で言っているのか?)
怒りが混乱に変わる。
「……俺は、交渉のために来た」
震える声を押さえつける。
「あなたの玩具ではない」
ヴィルユーグは何も言わない。
その沈黙が、余計に苛立たせた。
「……失礼します」
それだけ言い残し、リヨンは席を立った。
振り返らない。
いや、振り返られなかった。
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