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第21話 日常とそれから
騎士団へ復帰して数日。
久しぶりの訓練場は、変わらぬ熱気に満ちていた。
「リヨンさんが戻ってきてくれて助かりますよ」
「やっぱり指揮が締まるな」
そんな声を受けながら、俺は淡々と指示を出していく。まだ若い部類だけれど、16歳からの入団経験や功績から部隊のリーダー補佐として働いていた。
体は覚えている。剣も、動きも、何もかも。
――それなのに。
(……妙だな)
どこか、しっくりこない。
違和感の正体を掴めないまま、訓練を終えた頃だった。
「……あの、リヨンさん」
背後から声をかけられる。
振り返ると、若い騎士が立っていた。確か、去年入団したばかりの後輩だ。
「少し、よろしいでしょうか」
どこか緊張した様子で話す様子はまだ初々しい。
「ああ、構わない」
頷くと、彼は周囲を気にするように視線を巡らせ、それから少し離れた場所へと歩き出した。
その背中を追いながら、ふと察する。
(……これは)
訓練場の端、人目の少ない場所で足を止めた彼は、しばらく言葉を探すように口を閉ざしていた。
やがて、意を決したように顔を上げる。
「俺……ずっと、リヨンさんに憧れていました。騎士を目指したのも、学生時代に見かけたリヨンさんがカッコよかったのがきっかけで……」
真っ直ぐな視線。
「強くて、冷静で……それでいて、誰よりも優しい」
少しだけ震える声。
「帰ってきてくれて、本当に嬉しかったんです」
その言葉に、胸の奥がわずかに温かくなる。
こういう想いを向けられること自体は、珍しいことではない。
「……好きです」
はっきりと、告げられる。
静かな空気の中、その一言だけがやけに鮮明に響いた。
ああ、やっぱり、と俺は心のどこかで冷静に思った。
しかし、しばらく何も言えなかった。
――いつもなら。
こういう場面で迷うことはない。
感謝を伝え、丁寧に断る。それで終わるはずだった。
実際、今もそのつもりだった。
それなのに……。
(……なぜだ)
言葉が、出てこない。
頭の中に、別の声がよぎる。
『お前が代わりに嫁になればいいかもしれない』
あの時の、低い声。
『手に入れたいとも思っている』
胸の奥が、ざわりと波立つ。
(……違う)
目の前の若者は、ただ真っ直ぐに想いを伝えているだけだ。
人として好かれることは、素直に嬉しい。
それ以上でも、それ以下でもない。
俺にとってはこれが正しい感情だ。
だが、あの時は、違った。
ヴィルユーグに言われたあの言葉は……。
理解できないはずなのに。
納得もしていないのに。
心を、ぐちゃぐちゃに掻き回された。
怒りなのか、戸惑いなのか、それとも――
自分でも分からない何かが、あの時確かにあった。
(……なぜだ)
今、目の前にあるこの感情は、はっきりしている。
嬉しい。それだけだ。
あの時の方が、よほど強く心に残っている。
沈黙が続く。
告白した騎士は、不安そうにこちらを見ていた。
ようやく、俺は息を吐く。
「……気持ちは、嬉しい」
正直な言葉だった。
「だが、それ以上の想いは――返せない」
はっきりと、告げる。いつも通りだ。
彼は一瞬だけ目を伏せ、それから小さく頷いた。
「そう、ですよね……。でも、伝えられてよかったです」
無理やり作られた笑顔に、わずかに胸が痛んだ。
「返事は、今ので十分です」
そう言い残し、彼は一礼して去っていく。
残された俺は、その背中を見送りながら――。
(……俺は)
静かに目を閉じる。
(ちゃんと彼に向き合えただろうか)
頭を占めるのは、別の男だった。
もし、ヴィルユーグが言った言葉が若者と同じ「好き」だったら、俺はどう感じていたのだろう……。
不意に男の顔が脳裏に浮かび、甘い言葉を囁かれる。妙にそれはリアルで、俺は思わず赤面してしまう。
それはあり得ない、と自分に言い聞かせるが、心臓はバクバクと早鐘を打っていた。
(これが答えだとでもいうのか……?)
自分自身がわからない。
それでも、一つだけは嫌でもわかってしまうことがあった。
――もう、以前の自分には戻れない。
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