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第28話 自覚
ヴィルユーグが倒れてからしばらくして、ようやく部屋の空気が落ち着き始めた。
あの後、クラウスが医師を呼んだり侍従たちに指示を出すなど全てのことを迅速に対応した。
その中で、俺は何もできずにただオロオロとするばかり。何とかヴィルユーグを寝台へと運ぶことはしたが、それ以外祈る他なかった自分が情けなかった。
騎士なのに。守ることが仕事なのに。
「……命に別状はございません」
医師の言葉に、俺は張り詰めていた息をゆっくり吐き出した。
「毒は神経を麻痺させる類のものですが、陛下は口にした瞬間に異変へ気づかれました。飲み込んだ量も僅かです。数日安静にしていただければ問題ないでしょう」
「そう、ですか……」
膝から力が抜けそうになる。
助かった。
その事実だけで、胸の奥が熱くなった。
医師は薬を置き、侍従へ注意事項を伝えている。
クラウスも冷静に指示を飛ばしていた。
だが俺だけは、まだ現実感が薄かった。
もし、ヴィルユーグが瞬時に異変に気づかなかったら。
もっと飲んでいたら。
そう考えた瞬間、背筋が冷える。
「……リヨン様?」
クラウスの声に、俺ははっと顔を上げた。
「顔色が優れません」
「……いえ」
否定しようとして、自分の指先が微かに震えていることに気づく。
怖かった。
……本当に、怖かった。
やがて医師たちが退出し、部屋には静寂が落ちる。
寝台にはヴィルユーグが横たわっている。
いつもなら隙のない男が、今は静かに目を瞑っていた。
クラウスがリヨンへ向き直った。
「……陛下のお側を、お願いしてもよろしいでしょうか」
その言葉に、俺は少し驚く。
「俺で……いいんですか?」
「陛下が最も気を許しておられるのは、貴方ですので」
確かに、今最もヴィルユーグの近くにいるのはリヨンだと言っても過言ではないだろう。
俺は複雑な気持ちになりながらも、頷いた。
クラウスは一礼すると静かに部屋を出ていく。
扉が閉まり、完全に二人きりになった。
俺はゆっくり寝台へ近づく。
ヴィルユーグの顔色はまだ悪い。呼吸も少し浅かった。
見ているだけで胸がざわつく。
寝台脇の椅子へ腰を下ろし、俺はつぶやいた。
「……馬鹿じゃないか」
王という立場でありながら、自ら毒味のような真似をするなんて。
いや、あれは長年狙われ続けてきたせいで、異変へ敏感になっているのかもしれない。
そこまで考えて、リヨンは胸が痛くなった。
命を狙われるのが当たり前。
そんな生き方を、ヴィルユーグはずっと続けてきたのだ。
気づけば、リヨンはヴィルユーグの手へ触れていた。
熱い。
微熱があるのだろう。
だが、その温度が妙に安心できた。
(……怖かった)
自分の気持ちに気づいた瞬間、呼吸が詰まった。
怖かった。
本当に。
ヴィルユーグが死ぬかもしれないと、考えてしまった。
目頭が熱くなり、つぅ…っと涙が溢れ出てくる。誰かを想って泣くなんて、初めての経験だった。
誰にもみられないよう、すぐにハンカチで目頭を押さえた。
その時だった。
「……リヨン」
俺が顔を上げると、ヴィルユーグの目は開いておりこちらを見ていた。
「ヴィル!」
思わず身を乗り出す。
俺は倒れてから今までのことを話した。
「医師から、命に別状はないと……」
「そうか」
本人は驚くほど落ち着いていた。わかっている、とでも言うように。
俺は思わず眉を寄せる。
「そうか、じゃないでしょう」
「大袈裟だな」
「大袈裟ではありません」
思わず強い口調になってしまい、俺はハッとした。
ヴィルユーグが少し目を瞬く。
「毒くらいで死なん」
冗談めかした声音。
だが俺は笑えなかった。
「そういう問題じゃないでしょう……!」
言葉が熱を帯びる。
「もし量が多かったらどうするんですか。もし気づくのが遅かったら――」
そこまで言って、喉が詰まった。
ヴィルユーグが静かにこちらを見る。
「リヨン……お前、泣いていたのか?」
ヴィルユーグの手が頬に触れる。
俺は唇を噛み、震える息を吐いた。
「……死なないでください」
その声は自分でも驚くほど、切実なものだった。
ヴィルユーグが僅かに目を見開く。
それから、ふっと柔らかく笑った。
あまりの美しさに、目を奪われる。
「そんな顔をするな」
次の瞬間。
握っていた手を、逆に握り返される。
病人とは思えないその力強さに、俺は安堵した。
「……お前は優しいな」
違うと言いかけて、俺は口籠る。
なぜ、ヴィルユーグを前にして俺は泣いたのか。
誰に対しても同じことができたのか?……いや、そんなことは無かったと断言できる。
ヴィルユーグだから。
この男だから、怖かった。
そこへ辿り着きそうになって、俺は思考を止める。
そんな俺に対して、ヴィルユーグは優しく囁きかけた。
「……少し、近くに来い」
掠れた声。
俺は請われるまま、ゆっくり身体を寄せる。
するとヴィルユーグが額へ軽く唇を寄せた。
「っ……!」
肩が跳ねる。
しかし、俺は逃げずにされるがままでいた。
ヴィルユーグは何度か同じ仕草をすると、満足そうに目を細める。
それを見て、俺の胸は温かな塊が生まれたような気がした。
しかし、その空気を切り裂くように扉を叩く音が室内に響いた。
「陛下」
入ってきたのはアレクシスだった。
普段なら軽口の一つでもたたくが、その表情は険しい。
「調べがついた。怪しい人物は、最近城に出入りしていた商人だ。マズール男爵の紹介だとかで許可されていたらしいが」
「ああ」
「茶に含まれた毒も調べられたが、どうやら隣国でしか採れない毒草の成分が見つかった」
「なるほど」
ヴィルユーグは先ほどの穏やかさとは打って変わって、固い表情でアレクシスの報告を聞いてる。まさに、王の顔だ。
俺はその横顔を見つめた。
「ただ、その商人はもうこの国にはいないといっていいだろう。国境付近の関門から出ていくのを見たと衛兵が証言している」
「……わかった。ご苦労。とりあえず、商人の足取りについては引き続き調べてくれ」
「御意」
「それから、この件は国同士の関係まで発展していくだろう。その時には、戦争にもなり得る。兵を準備しておくように」
アレクシスは頷き、部屋を出て行った。
「リヨン……お前にも、色々と手伝ってもらう。いいか?」
「はい」
俺は即答した。
騎士として、相棒として、この男を守りたい。
失いたくないと、はっきり自覚したから。
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