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第29話 会議

 毒殺未遂事件から数日。  グラディウス城は、目に見えて空気が変わっていた。  廊下を行き交う騎士たちの足取りは早く、侍従たちもどこか張り詰めている。  城門付近では荷運びが増え、武具庫への出入りも頻繁になっていた。  それは、戦が近いということをまざまざと感じさせる。  その日も朝から、リヨンはヴィルユーグに呼ばれて会議室へ向かっていた。 「国境東部で、また衝突があったそうです」  隣を歩く若い騎士が告げる。 「アルヴェリア側の被害は?」 「小規模です。ただ、問題はそこではなく……」  彼は僅かに声を潜めた。 「敵が“こちらの補給路”を正確に狙ってきているというところにあります」  俺は眉根を寄せた。 「内部情報が漏れている?」 「その可能性があります」  毒殺未遂に続き、内部へ入り込んだ敵。  偶然とは思えなかった。 「……厄介ですね」 「ええ。アレクシス様もお忙しくされています」  アレクシス、と名前を言う時にごく僅かに声が上擦ったのを俺は聞き逃さなかった。 「アレクシスさんは兵を集めていると聞いたが」 「はい!俺ももちろん志願しました!まだ、経験は少ないですけど、いつかはアレクシス様の隣で剣を振るいたいんです」  キラキラとした瞳。  以前、告白してくれたアルヴェリアの若騎士のことが思い起こされる。  彼もそうだったが、こんなに真っ直ぐに好意を向けられるなんて、羨ましいとさえ思ってしまう。  ……俺はどうなんだろう。  ヴィルユーグは俺を好ましいと言ってくれた。  キスや、それ以上の……燃える瞳も知っている。  じゃあ、俺はヴィルユーグをどう思っている?  毒草に侵されたヴィルユーグが目を覚ました時、俺は自分の気持ちに気づきかけた。  この男を失いたくないと。 『いつかはアレクシス様の隣で剣を振るいたいんです』  先ほどのセリフが脳内にリフレインする。  その瞬間、一つの閃きが浮かび上がってきた。 (そうか……俺もヴィルユーグの隣で、彼を守りたいのか)  うん、と小さく頷き、俺は隣人に「頑張れよ」と声をかけた。その言葉は自分自身に言い聞かせるものでもあった。  会議室の前へ辿り着くと、重厚な扉の前に騎士が立っている。彼は副団長だ。  若い騎士はペコリと礼をした後、元来た廊下の方へ去って行った。  副団長は俺を見ると、すぐに扉を開けてくれた。  室内には既に主要な騎士団長や文官たちが集まっていた。  壁には大きな地図。  国境線には赤い印がいくつも散らばっている。  そして、中央に立つヴィルユーグ。  黒い軍服。  鋭い漆黒の瞳。  視線だけで場を支配するその姿に、一瞬息を呑む。  ヴィルユーグはリヨンが入ってきたことに気づくと、一瞬だけ表情を緩めた。  俺は促されるまま、席に座った。 「会議を始める」  ヴィルユーグの声で、会議室が静まる。 「昨夜、国境西部で再び武装集団を確認した」  机に簡易的な地図が広げられる。 「数は約二千。隣国軍との接触も確認済みだ」  ざわめきが広がる。  俺も正直言ってここまで進行が早いとは思っていなかった。 「早いですね……」 「予想以上だ」  アレクシスたちが険しい顔をする。  ヴィルユーグは淡々と続けた。 「敵は恐らく、我々とアルヴェリアが正式同盟を結ぶ前に叩くつもりだ」  つまり、今この瞬間が最も脆いということ。  俺は自然と拳を握った。  ヴィルユーグは地図上を指でなぞる。 「中央本隊は私が率いる」  当然のような口調。  今までもそうしてきたのだ。だから誰も異を唱えない。  だが俺だけは、その言葉に胸がざわついた。  毒を盛られたばかりだというのに。  この男はもう戦場へ立つことしか考えていない。 「東部防衛はアルヴェリア騎士団と共同で当たる」  そこで、とヴィルユーグは続ける。  視線が俺へと向きながら。 「リヨン」  嫌な予感が、した。 「お前はアルヴェリア側の指揮へ入れ」  一瞬、思考が止まる。 「……は?」  俺は思わず聞き返してしまった。  室内の空気がシン、と凍る。  ヴィルユーグは構わず続けた。 「アルヴェリア騎士団との連携役として最適だ。地理にも詳しい」  この男はいつだって合理的で正しい。  それは俺にだって分かる。  けれども、これだけは我慢できずに口を突いて出てきていた。 「……俺は、陛下直属の護衛では?」  騎士たちが驚いた顔をする。  会議中にヴィルユーグへ食い下がる者は少ない。  それでも、言わなければならないと思った。俺は、ヴィルユーグに求められてここに来たのだから。  ヴィルユーグの目が細められた。 「だからこそだ」 「意味が分かりません」  俺は、即座に返す。  ヴィルユーグは微かに眉を寄せた。 「アルヴェリア側との連携は重要だ。お前以上の適任はいない」  さっきとほぼ同じ言葉だ。  周囲も頷いている。  しかし、俺の中では別の感情が膨らんでいく。  ヴィルユーグと離される。  その事実だけが、胸をざわつかせた。  俺が黙ったことで是と捉えたのか、会議は続いていく。  だが俺は上手く集中できなかった。  視界の端で、ヴィルユーグが冷静に戦の話を進めていく。  その姿を見ているだけで、胸の奥が嫌に落ち着かなかった。  そして会議終了後、騎士たちが退出していく中、俺は真っ直ぐヴィルユーグの元へと向かった。

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