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第32話 開戦

 朝、目を覚ました瞬間。  最初に感じたのは、温もりだった。  ぼうっとした頭では、まだ夢の中かなと思っていたが。  ゆっくりと覚醒に向かうにつれ、自分の周りがどうなっているのかわかってきた。  自分の身体へ回された重い腕。  すぐ隣から聞こえる静かな寝息。  さらに、寝返りを打って視線を向ければ、至近距離にヴィルユーグの寝顔があった。  俺は瞬きを繰り返す。  昨夜の記憶が、遅れて脳裏へ蘇った。  抱き締められたこと。  何度も口づけたこと。  熱に浮かされて、互いを求め合ったこと。 「っ……」  一気に顔が熱くなる。  恥ずかしい。  けれど、隣にある体温に安心している自分がいた。  そっと身体を起こそうとした、その時。 「……どこへ行く」  低く掠れた声。  気づけば腕が腰に回され、再び引き寄せられていた。 「ヴィ、ヴィル……」  寝起きのヴィルユーグは、いつもの王の顔ではない。  どこか無防備で、ぼんやりしていて。  いつもなら、俺よりも早く起きていて着替えを済ませている。 「まだ早い」 「し、執務があるでしょう」 「あと少し」  そう言って、ヴィルユーグはリヨンの肩へ顔を埋める。  完全に離す気がない。 「子どもじゃないんですから……」  呆れ半分で言うと、ヴィルユーグが小さく笑った。  そして、額へ軽く口づけが落ちる。 「……っ!」  俺は咄嗟にヴィルユーグの顔を見た。  ヴィルユーグは満足そうだ。 「朝からそういうことしないでください……!」 「嫌か?」  真顔で問われ、俺は言葉に詰まる。  嫌ではないのが、困ったことなのに。  それを悟られるのが悔しくて、俺は顔を背けた。 「……ずるい」  ぼそりと零すと、ヴィルユーグは喉の奥で笑った。  結局、二人が寝台から出たのは、それからかなり後だった。  身支度を整え、食堂へ向かう。  昨夜は会議の後、何も食べずに寝てしまったから空腹だ。  廊下へ出た瞬間、侍従たちの空気が微妙に柔らかくて違和感を覚えた。  誰も何も言わないが、妙に穏やかな目で見られている気がする。  完全に、俺とヴィルユーグに何があったか知られている。  俺は居た堪れなくて、彼らの顔を見れなかった。  一方のヴィルユーグは全く気にしていなさそうだ。  むしろ機嫌が良かった。  朝食でも当然のように隣へ座らされ、パンを取れば「それも食べろ」と肉料理を皿へ追加される。 「食べ過ぎです」 「戦になればまともに食えん」  正論で返され、俺は黙るしかなかった。  その後、執務室へ向かえば、既にクラウスが待機していた。 「おはようございます、陛下、リヨン様」  いつも通り、クラウスはシャキッとした出立ちだ。  だが一瞬だけ、クラウスの視線が二人の間を見た。そして、微笑む。 「お二人とも、本日も仲がよろしくて何よりでございます」 「そうだろう」  ヴィルユーグが堂々とそんなことを言うものだから、俺は恥ずかしくて彼の後ろに隠れてしまいたくなった。  「ところで」とクラウスが話を切り出したことで、俺たちも真面目な顔になる。 「本日の軍議資料です」  資料をもとに、ヴィルユーグが机へ広げた地図に印を打っていく。  明らかに、敵は国境線を越えようとしている。 「二日後、開戦を告げようと思う」  ヴィルユーグは苦々しくも、そう言い切った。  それからのニ日間、城は慌ただしく動き続けた。  武器庫への搬入や、軍馬の整備。  そして、夜通し続く会議。  廊下を歩けば、兵士たちの緊張が伝わってくる。  そんな中でも、ヴィルユーグは隙を見つけては俺を側へ呼んだ。 「ちゃんと食べているか?」 「はい。あなたこそ、休んでいますか?」  クマができたら男前が台無しだと、俺はヴィルユーグの目元に触れる。  あの夜以降、眠れていないことは知っていた。それでも、休息はとってほしい。 「お前が癒してくれるから、大丈夫だ」  そんなやり取りをしながら、ほんの少しの時間抱きしめ合いキスをした。  それだけは、戦争前とは思えないほど穏やかな時間だった。  出陣前夜。  静まり返った部屋で、リヨンは武具へ触れながら小さく息を吐く。  明日の早朝、俺はこの城を出発しアルヴェリアに向かう。   そのシミュレーションを頭の中でしていた時、背後から腕が回された。  慣れ親しんだ体温。 「……まだ起きているのか」  俺は黙って振り返り、ヴィルユーグを見た。  ヴィルユーグは子どもをあやすように、俺の髪を撫でる。 「怖いんです」  俺はぽつりと零した。  ヴィルユーグの手が止まる。 「死ぬのが、ではありません」  俺は目を伏せた。 「あなたと二度と会えなくなるかもしれないと思うと……怖い」  ヴィルユーグはしばらく何も言わなかった。  やがて、口を開き 「私も怖い」  と言った。少し掠れたような声だった。  王ではない、一人の男の声だと思った。 「だが、お前がいるなら戦える」  意志の強い瞳が、真っ直ぐこちらを見ている。 「必ず一緒に戻ろう」  俺は小さく頷いた。 「……約束ですよ」  そして翌朝。  城門が開く。  軍旗が風にはためき、無数の兵が進み始める。  ヴィルユーグは中央本隊。  俺はアルヴェリア側指揮官として部隊を率いる。  離れた位置だけど……それでも。  あなたとあなたの国のために、俺は何としてでも守り抜くと、自分自身に誓った。

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