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第33話 以心伝心

 開戦から1日と半日が過ぎていた。  俺は国境沿いの高台から戦場を見下ろす。  眼下ではアルヴェリア軍と敵軍がぶつかり合っている。  だが、戦況そのものは悪くなかった。 「第三防衛線、維持しております!」 「右翼も問題ありません!」  次々と報告が届く。  敵は何度も突破を試みてきたが、その全てを押し返している。  それは、当初の予定通りだった。  グラディウス軍が敵主力を引き受ける。  アルヴェリア軍は国境線を守る。  その役割分担は上手く機能していると思われた。 「敵軍が下がり始めています」  副官が言った。  前線を見れば、確かに敵の一部が後退している。  騎士たちの表情が明るくなった。 「追撃しますか?」  俺は首を振って答える。 「追うな」 「しかし今なら……」 「敵を倒すことが目的じゃない」  地図へ視線を落としたまま言う。 「国境を守ることが目的だ」  騎士たちは口を閉ざした。  敵が下がるなら下がらせればいい。  追撃して陣形を崩す方が危険だと俺は思った。  ふと空を見上げる。  場所は違えど、同じ空の下にいるであろう男のことを想う。 『必ず帰る』  出陣前夜、ヴィルユーグはそう言った。  あの男は約束を破らない。  だから、心配する必要などない。  そう思った、その瞬間だった。  ドゴオオオオオンと轟音が響いた。  大地が揺れる。 「っ!?」  全員が顔を上げた。  続いて二度目、一拍置いて三度目。  まるで雷か隕石が落ちたような衝撃に、みんな目を見開いてただただ呆然と見つめる。  遠方から黒煙が立ち上るのが、不気味だった。  そこは、中央本隊方面だった。  ざわり、と空気が変わる。 「何だあれは……」 「敵の攻撃か?」  兵たちが騒ぎ始める。  俺の胸にも、嫌な予感がした。  その時、一騎の馬が伝令に駆け込んできた。 「報告します!中央本隊方面で大規模爆発!」  周囲が騒然となる。 「被害は?」 「確認中です!」 「わかった。他には?」 「敵軍も混乱している模様!」  その言葉に俺は眉を寄せた。  敵も混乱している?  それは妙だった。  敵の攻撃なら敵が慌てる理由がない。 「グラディウス王陛下は」  俺は無意識に問いかけていた。  伝令が顔を曇らせる。 「現在所在確認中です!」  胸がバクバクと嫌な音を立て始める。  所在確認中とは……。  無事とも重傷とも言われないが、わからないということこそ俺が一番恐れていたことだ。 「……リヨン殿」  副官が声を掛けてくる。 「大丈夫です」  俺はかろうじてそう返すと、地図へ目を落とす。  爆発地点はどこだ?  それと、敵軍の配置を照らし合わせる。  俺はそこで違和感を覚えた。 「……?」  敵軍の一部が前線へ向かっていない。  むしろ、後方へ移動している。しかも慌てたように。  何を守っている?  そう思った時だった。  ふと脳裏に、盤上が浮かび上がる。  男の指が、駒を操る。  夜更けまで続いた勝負。  俺とヴィルユーグだけの時間。 『駒を追うな』  脳裏を過ぎる、低い声。 『陣地を見ろ』 『相手が守ろうとしているものを考えろ』  教えたのは俺だったのに、あの夜は何度も負けた。  悔しくて食い下がった。  その度にヴィルユーグは盤を指で叩きながら説明した。 『派手な手に目を奪われるな』 『勝敗を決めるのは陣地だ』 (敵が向かっている先はどこだ?考えろ……)  俺はハッと息を呑んだ。  補給拠点……食糧……武器……火薬。  軍を支える心臓部はどこか。 「そういうことか」  思わず声が漏れた。  副官が振り返る。 「何か分かったのですか」 「爆発したのは敵側です」 「は?」 「ヴィルユーグ陛下が補給線を叩いたんですよ」  俺は確信していた。  あの男ならやる。  いや、やらない理由がない。  兵を倒すより、補給を断つ方が早い。  そう考えるのが、ヴィルユーグだ。  しかし、それだけでは終わらないだろう。  あの男はいつだって二手先を見る。  爆発は囮だ。  であるなら、本命はどこだ?  俺は地図を見つめる。  補給拠点の先にある、山岳地帯。  それは街道と補給路が交差する場所だ。  そこを押さえれば敵軍は分断される。  盤ゲームで言うなら王手をかける、勝敗を決める地点。  敵を誘い込んで、そこで一気に叩く。 「ここです」  指で地図を示す。 「陛下はここへ向かった」  副官が目を見開いた。 「何故そこまで分かるのです」  俺は小さく笑った。 「そばで見てたから、ですかね」  それ以上の説明はできなかった。  俺自身、理屈より感覚に近かったからだ。 「では、これよりあなたに指揮権を預ける」 「なっ!?」 「ここを頼みます」  副官が慌てて前へ出る。 「お待ちください!」 「大丈夫、あなたならできます」  俺は愛馬へ飛び乗った。 「リヨン殿!」  止める声を振り切り、俺は少数の騎士だけを連れて駆け出した。  向かう先は山岳地帯。普通なら軍は通らないけもの道。  だが、ヴィルユーグなら通る。  そしてその確信は、最悪の形で当たることになる。  山を越えた先、平地へ出た瞬間だった。  草むらから兵が現れる。  一人、二人、次から次へと飛び込んでくる。二十人ほどだろうか。  瞬く間に俺らは包囲されてしまった。  敵将が姿を現す。ニヤリと軽薄な笑みを浮かべながら。 「待っていたぞ」  背筋が冷える。  罠だ、と直感的に思う。  俺たちは誘い込まれたのだ。  敵将が剣を掲げる。 「捕らえろ」  周囲の兵が一斉に動いた。  俺たちも応戦すべく、剣を抜く。その瞬間。  遠くから地鳴りのような馬蹄が響いた。  敵兵たちが振り返る。  俺も顔を上げた。  木々の向こう。  翻る黒旗が見えた。

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