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第34話 終戦

 敵兵たちが一斉に剣を構えた、その時だった。  ――ドドドドドッ!  大地を揺らす馬蹄の音が森に響き渡る。  敵兵たちが一斉に振り返った。 「な、何だ……!」  木々の向こうから現れたのは、黒い旗。  風を切るように翻るその旗印を見た瞬間、リヨンは思わず口元を緩めた。 「やっぱり来たか」  先頭を駆ける一頭の黒馬。  その背には、漆黒の鎧を纏った男。  見えずともわかる。黒い瞳が真っ直ぐリヨンを捉えた。  ヴィルユーグだった。 「総員、突撃」  低く響く号令とともに、グラディウスの騎兵隊が敵陣へ雪崩れ込む。  包囲は一瞬で崩れた。  敵兵は次々と吹き飛ばされ、陣形を維持できない。  その隙を縫うようにヴィルユーグは馬を走らせ、リヨンの前で手綱を引いた。 「無事か」 「もちろんだ」  俺は笑って頷く。 「陛下が来ると分かっていたから」  ヴィルユーグは僅かに目を見開いた。 「……ほう?」 「あの爆発を聞いた時に気付いた」  俺は剣を握り直しながら続ける。 「あれは敵の攻撃じゃない、でしょう?」  俺はヴィルユーグの目を見て続けて言った。 「陛下が盤面を動かしたんだろうと思った」  ヴィルユーグは何も言わない。  その沈黙が肯定だった。 「だからココに敵を引き寄せた」  しばしの静寂。  やがてヴィルユーグは小さく笑みを浮かべた。 「そこまで読んでいたか」  俺は肩をすくめる。 「何度も盤ゲームで対戦してきたんだ。陛下がどう盤面を動かすかくらいは分かる」  黒い瞳が優しく細められた。 「俺が陛下の元へ行くって、わかっていたでしょう?それに……俺がピンチなら確実に助けに来る」  フッとヴィルユーグの口角が上がる。 「……その信頼には応えねばならんな。」  ヴィルユーグが剣を抜く。 「終わらせるぞ。」 「ああ」  それだけで二人は動いた。無用な言葉はいらない。  盤ゲームで幾度となく向き合ってきた思考は、そのまま戦場でも噛み合っていた。  俺が敵の動きを見抜けば、ヴィルユーグは迷いなくその隙を突く。  ヴィルユーグが敵を押し込めば、リヨンはその意図を理解して兵を動かす。  やがて敵軍は総崩れとなる。  逃げ惑う兵。武器を捨てる兵。  ただ一つ、今までの戦いとは違うのは“殺さない“ということ。敵の戦意を削ぐのが目的だと、ヴィルユーグも理解してくれていた。  敵軍が撤退を始めたと思われた、その瞬間だった。 「まだ終わらん!」  敵将が雄叫びを上げ、馬を蹴る。  一直線に向かった先は、ヴィルユーグではない。  俺だった。 「リヨン!」  鋭い声が響く。  俺も応戦しようと剣に手をかけるが……間に合わない。  スローモーションのように敵将の剣が俺に向かって振り落とされるのが見える。  ガキィンッ!  俺の目の前で、火花が散る。  敵将の剣を受け止めてくれたのは、ヴィルユーグだった。  ヴィルユーグの表情を見た敵将の顔色が変わる。  怒っている。  静かに。  凍えるような怒りだった。 「戦で刃を交えることに異論はない」  ヴィルユーグは低く言う。 「国のために命を懸けることも理解する」  一歩、敵将へ近付く。圧倒的な力量差。 「だが……」  黒い瞳が鋭く細められた。 「私のものに手を出したことだけは気に入らない」  戦場が静まり返る。  敵兵も、味方の兵も、誰一人として声を発しない。  俺は思わず額に手を当てた。 「……こんな場所で何を言っているんだ」  呆れ半分に呟く。  しかし、ヴィルユーグは真顔のままだ。 「事実だ」  その一言に、俺は口から出かかっていた反論を飲み込むしかなかった。  敵将は剣を取り落とし、その場へ膝をつく。 「……降伏する」  こうして戦は終わった。  数日後、正式な講和が結ばれ、隣国は降伏を受け入れた。  アルヴェリアとグラディウスは勝利を収め、両国の同盟はより強固なものとなる。  講和の席を終えると、俺はアルヴェリア軍とともに帰還することになった。  別れ際、ヴィルユーグは馬上から静かに言う。 「すぐ迎えに行く」  俺は苦笑した。 「ほんの数日だろう」 「数日でも長い」  即答だった。 「……大袈裟だな」 「そう思うなら、早く戻って来い。戦の間も、私は我慢していたんだ」  その言葉に思わず笑みが零れる。  アルヴェリア軍が進み始める。  俺も馬を返した。  だが何度も後ろを振り返ってしまう。  遠ざかる黒旗。  その先頭にはヴィルユーグ。  視線が合う。  ヴィルユーグは小さく頷いた。  俺も静かに頷き返す。  次に会う時は、戦場ではない。  そう信じながら、俺はアルヴェリアへの帰路についた。

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