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第37話 家族

 馬車は森を抜け、小高い丘の上へと続く石畳の道をゆっくりと進んでいく。  やがて木々の隙間から、一つの建物が姿を現した。 「……城?」  思わず声が漏れる。  王城ほどの大きさではない。  堅牢な造りではあるものの、どこか温かみを感じさせる、こぢんまりとした城だった。  城の周囲には手入れの行き届いた庭園が広がり、色とりどりの花が風に揺れている。  戦いの気配など微塵もない、穏やかな空気。 「ここは……どなたの家ですか?」  ヴィルユーグは俺を見て、穏やかに答える。 「私の家族の家だ」 「……え?」  家。しかも、ヴィルユーグの家族の。  俺が聞き返す間もなく、馬車は正門をくぐった。  すでに到着を知らせる鐘が鳴っていたらしく、玄関前には数人の使用人が整列している。  その奥には三人の姿があった。  一人は、柔らかな雰囲気を纏った女性。  隣には、白髪の混じった壮年の男性。  そして、その少し後ろから興味津々といった様子でこちらを覗き込んでいる少年。  13〜15歳くらいだろうか。少年はヴィルユーグによく似た黒い瞳を持っているが、その瞳にはまだ年相応のあどけなさが残っていた。  馬車が止まる。  ヴィルユーグは先に降りると、俺へ手を差し出した。 「行こう」 「あ、はい」  手を取って馬車を降りる。  その瞬間だった。 「ヴィル!」  女性が嬉しそうに駆け寄ってきた。 「無事でよかったわ」 「ああ、母上。戻りました」  母上。  その言葉に思わず目を瞬かせる。  ということは、この人が前王妃。  隣の男性は前国王。  そして、あの少年が――。 「兄上!」  少年も駆け寄ってきた。 「戦の話、あとで聞かせてください!」  ヴィルユーグは少し困ったように笑う。 「落ち着け、レオン。まずは彼の紹介が先だ」  レオンと呼ばれた少年は「はい!」と元気よく返事をした。  その様子があまりにも普通の家族らしくて、俺は少しだけ肩の力が抜ける。  ヴィルユーグは俺の隣へ立つと、彼らへ向き直った。 「手紙にも書いたが、改めて紹介する」  ……手紙?  そんなものを出していたのか。  俺が首を傾げていると、ヴィルユーグはごく自然な口調で言った。 「私の伴侶となる人だ。リヨンという」 「……え?」  俺はその言葉を聞いて、思わず固まる。  伴侶?  今、伴侶と言ったか?  俺は慌ててヴィルユーグの横顔を見る。  しかし本人は至って真面目だった。  前王妃は両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに微笑む。 「まあ……。あなたがリヨンさんなのね」  前国王も穏やかに頷いた。 「ようこそ、グラディウスへ。ヴィルユーグから話は聞いていた」 「え……?」  聞いていた?  レオンも目を輝かせて俺を見つめている。 「兄上が思い人を連れて帰るって手紙が届いて、母上なんて昨日からずっと落ち着かなくて!」 「レオンったら」  前王妃が少しだけ頬を赤らめる。 「余計なことを言わないの」 「でも本当でしょう?」  家族のやり取りに、自然と笑みが零れそうになる。  ……いや、違う。  笑っている場合じゃない。 「ちょ、ちょっと待ってください」  俺は慌てて口を開いた。 「伴侶というのは……」  ヴィルユーグを見る。  本人は平然としていた。 「事実だ」 「い、いや、まだ俺は……」 「返事をしていない、と言いたいのか?」 「そ、そうです!」 「なら安心しろ」  ヴィルユーグは真顔のまま頷いた。 「これから改めて返事をもらう」 「ですから!」  思わず声を上げると、レオンが吹き出した。 「兄上、その言い方じゃ困らせるだけですよ」 「そうか?」 「そうです」  前国王まで苦笑している。 「ヴィルユーグ、お前は昔から肝心な説明を省く癖があるな」 「……自覚はある」  珍しく素直に認めるヴィルユーグに、その場が和やかな笑いに包まれた。  俺だけが取り残されている、そんな気がした。  ようやく落ち着きを取り戻し、俺は改めて前王妃たちへ頭を下げた。 「リヨンと申します。本日は、お会いできて嬉しいです」  前王妃は優しく俺の両手を包み込んだ。 「こちらこそ、来てくださってありがとう」 「あなたに会える日を、とても楽しみにしていたの」 「……私に?」 「ええ」  前王妃が柔らかく微笑む。 「ヴィルが初めて好きになった人ですもの。聞いていた通り、とても綺麗な方ね」  その一言に、俺の頬が熱くなる。  それ以上に驚いたのは、その場の誰一人として、俺が男であることを気にしていないことだった。  歓迎されている。  まるで、それが当たり前であるかのように。  前国王も、レオンも、誰一人として反対する素振りを見せない。  胸に、一つの疑問が浮かぶ。  ――どうして?  俺は男だ。  子を産むことはできない。  それなのに、なぜ皆こんなにも温かく迎えてくれるのだろう。  思わず前王妃へ尋ねようとした、その時だった。  彼女は俺の表情を見て、小さく微笑む。 「理由が知りたいのでしょう?」  俺はドキッとした。なぜわかったのだろう。  俺は黙って頷いた。  前王妃は優しくヴィルユーグへ視線を向ける。 「その話は、あの子の口から聞いてあげて」  前国王も穏やかに続けた。 「ヴィルユーグが、君だけに話したいことだ」  その言葉に俺はゆっくりと振り返り、ヴィルユーグを見つめた。  彼は小さく頷き、囁くように言った。 「あとで、お前に全てを話す」  その表情は、これまで見たことがないほど真剣だった。 「それじゃ、どうぞ中へ入ってください。お腹も空いているでしょう?食事を用意させてありますから」 「ありがとうございます」  俺はそわそわとした気持ちで、ヴィルユーグの隣を歩いて行った。

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