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第38話 真心
ヴィルユーグの家族との夕食は、思っていたよりもずっと穏やかだった。
前国王は戦の労をねぎらい、前王妃は何度も料理を勧めてくれる。そんなところはヴィルユーグに似ていると思った。
レオンは興味津々で王都での話を聞きたがり、ヴィルユーグが「後でな」と苦笑するたびに、皆が小さく笑った。
王族の食卓というより、久しぶりに家族が集まった食事のようだった。
その温かさが、かえって俺を戸惑わせる。
俺は男だ。
それなのに、どうしてこんなにも自然に迎え入れてくれるのだろう。
食事が終わると、ヴィルユーグが静かに立ち上がった。
「少し付き合ってくれ」
「はい」
案内されたのは、城の奥にある静かな部屋だった。
扉を開けると、そこには古い木製の机や本棚、そして簡素な寝台が置かれている。
「ここは……」
「私が子どもの頃に使っていた部屋だ」
ヴィルユーグは少しだけ照れたように言った。
意外だった。
冷酷王と呼ばれる男にも、こんな普通の少年時代があったのかと思う。
「ヴィルにも、こういう頃があったんですね」
「私を何だと思っている」
苦笑する声が返る。
その柔らかな表情を見て、胸の奥が少しだけ軽くなった。
部屋の扉が閉まる。
二人きりになった瞬間、空気が変わった。
ヴィルユーグが近づいてくる。
自然な動作で、俺を抱き寄せた。馴染みのある体温にホッとする。
「リヨン」
低く名前を呼ばれる。
そのまま唇が近づいてきた。
――したい。
本当はそう思った。
ヴィルユーグに触れたいし、触れられたい。
けれど、胸の中に残ったもやもやが、俺を止めた。
俺はそっと手を伸ばし、ヴィルユーグの胸に当てる。
「……待ってください」
ヴィルユーグが動きを止めた。
「嫌か?」
「違います」
慌てて首を振る。
「俺も……したいです」
言った瞬間、顔が熱くなった。
ヴィルユーグの瞳が少し柔らかくなる。
「なら」
「でも……」
俺は深呼吸した。
「話をするのが先です」
ヴィルユーグはしばらく俺を見つめ、それから小さく頷いた。
「分かった」
二人で長椅子に腰を下ろす。
少し距離を空けたつもりだったが、ヴィルユーグは自然に俺の手を取った。
「まず、これだけは言っておく」
静かな声だった。
「私はこれから先、お前以外を伴侶とすることはない」
「で、でも……あなたには後継を生んでくれる人が必要でしょう?」
俺よりもはるかに相応しい正妃が。
まだ見ぬ人を想像するだけで、胸がギュッと痛む。
ヴィルユーグは俺の表情を見て、ふっと笑った。
「何を考えた?」
「……何でもありません」
俺はふいっとヴィルユーグから視線を逸らす。
だが。
「嫉妬か?」
その言葉に思わず顔をあげる。
ヴィルユーグは明らかに嬉しそうに口元を緩めていた。
「ち、違う」
「そうか?」
からかうような声音。
悔しい。でも、確かにそれは嫉妬だ。
ヴィルユーグは少し身を乗り出す。
「私はお前の周囲に何度嫉妬したことか」
「……え?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「何を驚いている」
「だ、だって……」
命令一つで全てが手に入るであろう王様が、嫉妬?
あまりにも似つかわしくない言葉に俺は眉根を寄せた。
「私が気づいていないとでも思ったか?見送りの時のイリーナはお前に恋慕している目をしていた。アルヴェリア軍の中にも、ちらほらとお前に特別な視線を投げていた奴もいた」
ドキン、と心臓が跳ねた。そんなことまで知っていたなんて。
「……イリーナを含め、確かに何度か想いを寄せられておりましたが」
「関係を持った人は?」
「……あなただけです」
この年で誰とも恋をしたことがないと告白することがひどく恥ずかしかった。
しかし、ヴィルユーグは真剣そうに頷き、そして自らも告げた。
「私も人生でリヨンだけだし、伴侶もリヨンだけと決めている」
さらりと言われて、言葉を失う。
伴侶。
家族の前でもそう紹介された。
けれど、俺はまだその意味を受け止めきれていなかった。
「それ……なんですけど、皆さん俺が男なのに、歓迎してくれました。どうしてですか?」
ヴィルユーグの表情が少し曇る。
「そうだな。その話をしなければならない」
俺は黙って頷いた。
ヴィルユーグは俺の手を握ったまま、静かに息を吐く。
「リヨン、これから話すことは国家機密だ」
部屋の空気がガラッと変わった気がした。
さっきまでの穏やかな空気が、急に重くなる。
ヴィルユーグはまっすぐ俺を見た。
「私は、子どもの頃に高熱を伴う病にかかった。命は助かったが、その後遺症で……私は子を成すことができない身体になった」
息が止まった。
予期せぬカミングアウトに、俺は目を見開いた。
ヴィルユーグは淡々と続ける。
「だから私は、誰かを正妃に迎えるつもりはなかった。子を望めないと知りながら、その人生を縛ることになるからだ」
ごくりと、俺は息を呑んだ。
「恋も、結婚も、私には無縁だと思っていた」
何も言えない。
そんなことを、一人で抱えてきたのか。
「だが、このことが外へ漏れれば話は変わる」
ヴィルユーグの瞳が、王のものへ戻る。
「私には十五歳下の弟がいる。本来、王位を継ぐのはあいつだ」
レオンの顔が浮かぶ。あの天真爛漫とした少年。
「だがまだ幼いため、私が中継ぎとして王位に就いた。もし私が子を成せないことが知れ渡れば、レオンを殺して王家を断とうと考える国が現れるかもしれない」
家族が殺される。そう考えると、背筋がゾクっとした。
「だから、この秘密を知る者はごく僅かしかいない」
そんな大事なことを、ヴィルユーグは俺を信じて打ち明けてくれた。それだけで充分だった。
「大臣たちは事情を知らない。だから私に政略結婚を勧め続けた。アルヴェリアとの婚姻も、その一つだった」
ヴィルユーグは小さく笑う。
「しかし、夜会でお前に出会って、そしてこうして再会した」
黒い瞳が優しく細められた。
「その瞬間、他の誰と結婚する未来など考えられなくなった」
胸が熱くなる。
ヴィルユーグは俺の手を強く握った。
「だから、リヨン。私が愛するのは、お前だけだ」
この人の言葉は、いつだって嘘じゃなかった。だからこそ、信じられる。
「一生、お前だけを愛す」
その言葉は、迷いなく真っ直ぐ胸に届いた。
俺は震える声で答える。
「……俺も、あなたを愛しています」
ヴィルユーグの瞳が、静かに揺れた。
今度は俺から少し身を寄せる。
ヴィルユーグもそっと俺を抱き寄せた。
唇が近づく。
今度は、止める理由はなかった。
「あ……ん、ん……」
久しぶりのキスは強烈な快感を生んだ。何度も唇を啄ままれ、そして舌が咥内を侵食していく。
「リヨン、あぁ……好きだ。私の……唯一の伴侶」
熱っぽく囁かれて、俺の体の中心も熱を帯びる。
大好き、この人が大好き。
「もっと……ほしい」
素直に認めてしまえば、もう自分では止められない気がした。
満たされているのに、足りない。
ヴィルユーグに向かって腕を伸ばすと、彼は心得たとばかりに俺を横抱きにし立ち上がった。
向かう先はもちろん、寝台だ。
優しくふわりと俺を下ろすと、すぐにヴィルユーグは覆い被さってきた。
その瞬間。
ガチャッと無慈悲な音を立てて、勢いよく扉が開いた。
「兄上! 王都での話を――」
レオンだった。
少年は部屋の中の俺たちを見て、ぴたりと動きを止める。
「……あ」
沈黙。
俺は一瞬で顔が真っ赤になった。
ヴィルユーグは額に手を当てる。
「レオン……以前から用がある時はノックをしなさいと」
「ご、ごめんなさい!」
レオンは慌てて扉を閉めた。
部屋に残ったのは、気まずい静けさと、少しだけ笑いを堪える空気だった。
「……家族って、いいですね」
思わず零す。
ヴィルユーグは俺を見て、ふっと笑った。
「ああ。これからは、お前も家族だ」
その言葉に胸が温かくなる。
ヴィルユーグは俺の耳元へ顔を寄せた。
「城へ戻ったら」
低い声が囁く。
「今日の続きだ」
「……!」
「覚悟しておけ」
ふっと息を吹き込まれ、ブルっと体が震える。
「抱き尽くす」
耳まで熱くなる。
「そ、そんなことを今言わないでください……!」
ヴィルユーグは満足そうに笑った。
その晩は、離れていた時間を補うようにずっと口づけを交わしながら、狭いベットの上で抱き合って夜を過ごした。
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