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1-2 重なる残像、揺れる心

正午を回ったチャイムが、二学期初日の落ち着かない空気を切り裂く。 帰り支度を急ぐクラスメイトの喧騒の中、僕は自分の机に落ちた影に気づき、ふと顔を上げた。 「間宮くん、よかったらこのあと、お昼一緒に食べない? 食堂の場所とか、教えてほしいな」 ひょい、と僕の顔を覗き込んできたのは、転校生の兵藤(ひょうどう)くんだ。 黒縁メガネの奥で、人懐っこい瞳が期待にキラキラと揺れている。 「うん、いいよ! 食堂、案内するね」 断る理由なんてないはずなのに、返事をする僕の声が少しだけうわずった。 教室を出て、賑やかな廊下を並んで歩く。 (……別人だ。……わかってる、わかってるんだけど) 今朝、一瞬だけ鼻を掠めた、あのグリーンの香り。 それを確かめたくて、僕は無意識のうちに、隣を歩く彼との距離を少しだけ詰めてしまう。 そこから漂ってくるのは、太陽の匂いとやっぱり微かに混じる、あの夜の深い森のような香り。 (……たまたま同じ香水を使っているだけ? それとも、僕が彼の残像を追いかけすぎているだけなのかな) 隣を歩く兵藤くんは、長い足を少し持て余すように猫背で歩き、入り乱れる生徒にぶつかりそうになっては「おっと」と苦笑いしている。 あの夜、僕の呼吸を奪った圧倒的な色気。 触れたら切れてしまいそうな、鋭い緊張感。 そんなものは、この大型犬のような兵藤くんからは、微塵も感じられない。 (……きっと、あの彼は上の学年の先輩) そう自分に言い聞かせるたび、なぜか胸の奥が冷たくなっていく気がした。 「……ね、ここの分かれ道、どっちに進むのが正解?」 「えっ? ……あ、ごめん! 右だよ、右に曲がろうか」 兵藤くんの問いかけに、弾かれたように我に返る。 情けない。 僕を頼ってくれている、隣の彼の言葉も聞き逃すなんて。 なぜ再会をこんなに期待して、そしてこうもモヤモヤしてしまうんだろう。 「間宮くん、何か考え事? ……もしかして、お腹空きすぎて昼メシのことしか考えられないとか?」 兵藤くんがふにゃりと笑い、僕の顔を覗き込んできた。 その距離が思ったよりも近くて、僕は思わず一歩後ずさる。 「ふふっ、そうかも。学食なんて、久しぶりだから」 「そうなの? 自炊派?」 「うん、いつもは同室の幼馴染の分も一緒に作ることが多いから。逆に新鮮で……」 「へぇ! 俺も自炊するよ。この学校じゃ、お互い少数派かもね。……今度、間宮くんの料理、食べてみたいな」 兵藤くんがさらりと言った言葉に、心臓が跳ねた。 会話のラリーごとに、ころころと表情を変える彼。 どんくさくて、少し危なっかしくて。 でも、彼と話していると、さっきまでのモヤモヤが嘘みたいにほどけていく。 (……あの人じゃない。でも……) 気がついたら、食堂に到着していた。 賑やかな喧騒と、美味しそうな匂い。 その中で、兵藤くんは「広いね!」と子供のように瞳を輝かせている。 あの夜の「彼」への未練と、目の前の「彼」への不思議な親しみ。 相反する二つの感情に、名前をつけることはできなかった。

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