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1-5 順位発表

夏の入道雲が姿を隠し、すっかり空が高くなった十月上旬。 渡り廊下に設置された特設掲示板の前は、異様な熱気と喧騒に包まれていた。 中間テストの結果発表。 紫苑学園では、各学年の上位五十名だけがこの巨大な掲示板にフルネームで張り出される。 (……僕の順位は、どうだろう) 人だかりを縫って掲示板に向かう。 誰かとすれ違うたび、一学期の順位発表の時とは異なる、ひそひそとした不思議な視線が僕に向けられるのを感じた。 まるで「まさか、あの間宮が」とでも言いたげな空気に、なおさら落ち着かない気分になる。 特設掲示板の最も右端、上位十名の名前があるエリアへ真っ先に視線をやった。 二学期の中間テスト、どの教科も手応えはある。 兵藤くんに勉強を教えながら、僕自身の復習も完璧にこなせた自負もあった。 下から名前を見上げていくと──。 第三位:間宮 咲都 第二位:神宮(かみや) 春親(はるちか) (……三位か。僕なりにベストを尽くしたけど、やっぱり神宮くんには届かなかったな) 少しの悔しさと共に、小さく息を吐く。 でも、全力を出し切った結果だったから、不思議と清々しかった。 (神宮くんを抑えて首位に立った人は、一体誰なんだろう……) そう思い、さらに上へと視線をずらす。 そこには、見慣れた三文字が、存在感を放って堂々と記されていた。 第一位:兵藤 晶 「……えっ?」 間抜けな声が漏れ出てしまった。 周囲の喧騒が、ふっと遠のく。 ひょうどう、あきら。 僕の左隣の席で、毎日二限目まで机に突っ伏して居眠りをしていて。 放課後になれば、「間宮くん、ここ教えて」と僕の部屋にやってくる、どこか憎めない大型犬のような彼が……。 (……そっか。兵藤くんが、特進の四組に転校してきたのは、こういうことだったんだ) 驚きで無意識に強張っていた体が、納得すると共にじんわりとほどけていく。 いつもは頼りない彼が、実は学年トップの頭脳を持っていた。 自分を追い抜いた相手だというのに、その事実がなんだか少しだけ誇らしくて、僕は自然と口元を緩めていた。 「間宮くん! やっと見つけた」 人だかりの向こうから、いつもの間の抜けた声が聞こえる。 猫背気味で決して良いとはいえない姿勢だが、その長身からすぐに声の主を見つけられた。 兵藤くんが、嬉しそうに尻尾を振るような足取りで駆け寄ってくる。 彼が近づいた瞬間、ふわりと爽やかなグリーンの香りが鼻先を掠めた。 「兵藤くん、すごいよ! 学年一位だなんて……!」 「えっ?」 僕が笑顔で掲示板を指差すと、兵藤くんはポカンと口を開け、自分の名前を見つけると「うわぁ」と控えめに驚いてみせた。 「すごくなんかないよ。俺が一位になれたのは、全部間宮くんのおかげ。間宮くんが毎日、俺のペースに合わせて丁寧に教えてくれたからだよ」 「そんなことない。僕が教えたのは基礎だけだし、あれをテストで応用できたのは兵藤くんの実力だよ。……なんだか、僕のまわりはすごい人だらけで、まだまだ頑張らないとなー!」 「本当におめでとう」と、僕は背伸びをするようにして、兵藤くんの背中をポンと叩く。 (……あれ?) 手のひらに伝わった彼の背中の感触。 いつも丸まっているくせに、予想以上に広くて、硬く、骨ばっていた。 不意の男らしさに戸惑い、顔を見上げた、その瞬間。 彼は一瞬だけ黒縁メガネの奥の目を細めて──あの熱帯夜の幻影のような、ひどく大人びた危険な色気を漂わせて、甘く微笑んだ。 「……俺もずっと、間宮くんの隣で頑張るね」 ドクン、と。 僕の心臓が、勝手にうるさい音を立てる。 それが単なる驚きなのか、それとも得体の知れない感情なのか、今の僕にはまったくわからなかった。

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