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第4話

「……休ませてください」  俺はオリバーが帰ったあとにシェフと話した。  シェフはじっと俺を見た。 「鍋は振れるのか」  俺は答えられなかった。  シェフは口ごもるように指であごを()んだ。 「鍋が振れるなら居ていいんだ。仕込みはわしがやったっていい」 「…………すみません」  シェフは肩をすくめて壁のシフト表をとった。 「とりあえず二週間休め」 「すみません、本当に」 「もともと一人でやってた店だ。そろそろオリバーにもオードブルを教えようと思ってた」  シェフはシフト表を壁に戻した。横目でちらっと包丁ラックを見た。 「……この間のあれ、圧力鍋と替えるか?」 「はは。シチューにはいい季節ですね」  俺はあいまいに笑った。  シェフは眉を下げて俺の肩を軽くたたいた。 ◆  こうして俺は再び仕事から離れた。  地味に怖かったのは、気落(きお)ちして家から出られなくなる可能性だ。  ステイホーム。できれば二度と聞きたくない言葉だ。  だが仕事は休みでも、カウンセリングの日は定期的にある。事件について弁護士と話もする。もろもろの手続きもある。  おかげで俺は家に閉じ込められずに済んだ。  とはいえ、自分がこうなってる原因に触れる時間はそれなりに疲れた。  さて料理でもして気分を変えよう、と思っても「何を作るか」の前に「包丁を使わずに作れるメニューか」を考える必要がある。毎日の外食が許されるのはセレブだけだ。  だからこそ、恋人と通話する時間は貴重な癒しだった。 『――――ごめん! 土曜に夜勤(やきん)が入ったんだ』  俺は掃除の手を止めた。 「そんな日もあるさ。忙しいのか?」 『人が足りなくて……日曜の夜に行ってもいい?』 「ちょっと待っててくれ」  俺はアプリを切り替えてカレンダーを見た。  月曜は午後からカウンセリングだが、日曜日は……空けたままだな。 「嬉しいが無理はするなよ。月曜はきみも仕事だろう?」  マシューはふふっと笑った。 『実は先月から別の施設に()()されてるんだ。ウッドヒルズのあたり』 「ああ」  近くの駅名くらいは知っている。  かなり郊外(こうがい)だが、位置で言えばお互いの家の中間地点だ。  仕事終わりに直接俺の家に向かえば、マシューにとっては自宅に帰るのと大差(たいさ)ない距離感だろう。 「そうか、じゃあ」  ここから出勤もできるな。  と言おうとしてやめた。それは踏み込みすぎだ。 『きみの家から仕事に行けるんだよ。やろうと思えば、だけどね』  マシューはいたずらの相談をするようにささやいた。  俺は思わず片手で口元を(おお)った。  ああ、かわいいな。この天使が今となりにいたら、少しは気分も晴れるだろうに。 『週末楽しみにしてる』 「……ああ。気をつけて来いよ」

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