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第5話
さて、日曜の夜になった。
マシューは俺の予想よりすっきりした顔で玄関に現れた。荷物を置き、俺の肩越しにオーブンをのぞいて目を輝かせる。
「いい匂いだね。手伝えることある?」
「座っててくれ。徹夜明 けなんだろ?」
「仮眠したから大丈夫」
と言われてもな、あとはオーブンの仕事待ちだ。
「風呂に入ってくるか? あと20分はかかるぜ」
「お言葉に甘えようかな」
マシューはいそいそとバスルームへ向かった。
◆
そして夕食はつつがなく終わった。
「お茶を入れるね。先にソファに行ってて」
と、マシューが席を立った。
俺はソファに腰を下ろした。
ローテーブルに温かいカップが置かれた。
「カモミールだよ。リラックスしたい時によく飲むんだ」
マシューは隣に座ってカップを持ち上げた。
湯気からやわらかい緑の匂いがした。
「きみの家に来るときはディナーが楽しみなんだ。この前のシチューもおいしかったし」
「そりゃよかった。実は俺も久しぶりに一人前食ったよ」
マシューは目を丸くした。予想外というより、予想が当たってしまった顔だった。
「……ちょっとやせた?」
「かもな。一応、まめに何かつまむようにはしてるんだが」
仕事を休んでいることはマシューに話していた。
包丁をうんぬんかんぬん、なんてところまでは言ってない。この天使にうまいものを食わせる楽しみまでなくすのはごめんだ。
マシューがカップを置いて俺を見上げた。
「僕にできることある?」
「……じゃあ、キスがしたい」
「キスだけでいいの?」
俺とマシューは冗談っぽく見つめあった。
柔らかく唇が触れた。
薄く目を開けると、淡く火のついた眼差しとかちあった。
俺は心臓をわしづかみにされた。彼のすべてを食ってしまいたいと思った。
俺はそっとマシューの頭を引き寄せた。マシューも俺の背を撫で上げた。互いの吐息を飲み込んで、口づけがさらに深くなった。
俺はどさっとソファに押し倒された。天井を背にしたマシューの顔が見えた。
状況を飲み込むまでまばたき一つ程度の時間がかかった。
マシューは浅く息をして俺の肩を撫でた。
俺はその感触とともに理解した。
――――そりゃそうだ。どっちがどっちとは決めてない。
栄養の回った頭がスッとクリアになった。
男同士のセックスはいろいろと考えることが多い。
食事は気にしたほうがいいし、腹いっぱい食わせてから突くのが最悪なのは言ったとおりだ。
だがそれは抱かれる側の話で、抱く側はそこまで神経質にならなくてもいい。
だったら俺がボトムをやれば、ひとまずの問題は片付くんじゃないか?
幸い食事の加減は知ってる。深くは聞くな。
「マシュー」
俺は押し倒されたままマシューの頬を撫でた。
いいぜ、ヤろう。
1回目はそれでいい。俺にもポジションの希望はあるが、とにかく今はきみに触れたい。
「ライアン」
再びマシューの顔が近づいた。
弾力のある唇が強く触れて、触れただけで離れていった。
「もうこんな時間だね。寝ようか」
「えっ」
腹の上に乗っていた体温がさっとどいた。
俺はあっけにとられた。
文字だけ見ればセックス前の定型句だが、ポンポンと軽く腕を叩かれて「今日はおしまい」って感じだ。
――――怖がらせたか?
俺は反射的に思った。そういう場面じゃなかったと思うが、マシューにとってはどうだろう。
「明日は何時に起きる?」
「あ――……そうだな。午後に出かける予定があるから、遅くても9時には」
ダメだ、これは本当に寝る空気だ。
風呂は夕食前に済ませたから、寝室に行くってことは健全に眠るってことだ。今までと同じく。
「マシュー、もういいのか?」
「うん」
俺の悪あがきは不発に終わった。
この天使に向かって「セックスする空気だったよな。しないのか?」と聞けるヤツは手を上げろ。出口はあっちだ。
俺とマシューは二人してベッドに横になった。
間接照明の明かりをしぼって毛布を引き上げる。
淡いオレンジの明かりの中で、アンバーの瞳は穏やかなブラウンに見えた。
ちょうどよく腕に収まる体温があるってのはいい。
それでも俺は眠るのが惜しかった。寝て起きたらこのぬくもりを離さなきゃならないって事実は、8時間後の俺にはともかく、今の俺には少しばかりきつかった。
マシューはしばらく俺の背を撫でていたが、ベッドをずりあがるように目の高さを合わせた。
そして、視界をふさぐように俺の頭を抱き込んだ。
そこからの時間はそう長くなかったと思う。
先にマシューの寝息が聞こえてきたので、俺は彼に抱き込まれたまま目を閉じた。
よく眠れた。
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