5 / 12

第5話

 さて、日曜の夜になった。  マシューは俺の予想よりすっきりした顔で玄関に現れた。荷物を置き、俺の肩越しにオーブンをのぞいて目を輝かせる。 「いい匂いだね。手伝えることある?」 「座っててくれ。徹夜明(てつやあ)けなんだろ?」 「仮眠したから大丈夫」  と言われてもな、あとはオーブンの仕事待ちだ。 「風呂に入ってくるか? あと20分はかかるぜ」 「お言葉に甘えようかな」  マシューはいそいそとバスルームへ向かった。 ◆  そして夕食はつつがなく終わった。 「お茶を入れるね。先にソファに行ってて」  と、マシューが席を立った。  俺はソファに腰を下ろした。  ローテーブルに温かいカップが置かれた。 「カモミールだよ。リラックスしたい時によく飲むんだ」  マシューは隣に座ってカップを持ち上げた。  湯気からやわらかい緑の匂いがした。 「きみの家に来るときはディナーが楽しみなんだ。この前のシチューもおいしかったし」 「そりゃよかった。実は俺も久しぶりに一人前食ったよ」  マシューは目を丸くした。予想外というより、予想が当たってしまった顔だった。 「……ちょっとやせた?」 「かもな。一応、まめに何かつまむようにはしてるんだが」  仕事を休んでいることはマシューに話していた。  包丁をうんぬんかんぬん、なんてところまでは言ってない。この天使にうまいものを食わせる楽しみまでなくすのはごめんだ。  マシューがカップを置いて俺を見上げた。 「僕にできることある?」 「……じゃあ、キスがしたい」 「キスだけでいいの?」  俺とマシューは冗談っぽく見つめあった。  柔らかく唇が触れた。  薄く目を開けると、淡く火のついた眼差しとかちあった。  俺は心臓をわしづかみにされた。彼のすべてを食ってしまいたいと思った。  俺はそっとマシューの頭を引き寄せた。マシューも俺の背を撫で上げた。互いの吐息を飲み込んで、口づけがさらに深くなった。  俺はどさっとソファに押し倒された。天井を背にしたマシューの顔が見えた。  状況を飲み込むまでまばたき一つ程度の時間がかかった。  マシューは浅く息をして俺の肩を撫でた。  俺はその感触とともに理解した。 ――――そりゃそうだ。どっちがどっちとは決めてない。  栄養の回った頭がスッとクリアになった。  男同士のセックスはいろいろと考えることが多い。  食事は気にしたほうがいいし、腹いっぱい食わせてから突くのが最悪なのは言ったとおりだ。  だがそれは抱かれる側の話で、抱く側はそこまで神経質にならなくてもいい。  だったら俺がボトムをやれば、ひとまずの問題は片付くんじゃないか?  幸い食事の加減は知ってる。深くは聞くな。 「マシュー」  俺は押し倒されたままマシューの頬を撫でた。  いいぜ、ヤろう。  1回目はそれでいい。俺にもポジションの希望はあるが、とにかく今はきみに触れたい。 「ライアン」  再びマシューの顔が近づいた。  弾力のある唇が強く触れて、触れただけで離れていった。 「もうこんな時間だね。寝ようか」 「えっ」  腹の上に乗っていた体温がさっとどいた。  俺はあっけにとられた。  文字だけ見ればセックス前の定型句だが、ポンポンと軽く腕を叩かれて「今日はおしまい」って感じだ。  ――――怖がらせたか?  俺は反射的に思った。そういう場面じゃなかったと思うが、マシューにとってはどうだろう。 「明日は何時に起きる?」 「あ――……そうだな。午後に出かける予定があるから、遅くても9時には」  ダメだ、これは本当に寝る空気だ。  風呂は夕食前に済ませたから、寝室に行くってことは健全に眠るってことだ。今までと同じく。 「マシュー、もういいのか?」 「うん」  俺の悪あがきは不発に終わった。  この天使に向かって「セックスする空気だったよな。しないのか?」と聞けるヤツは手を上げろ。出口はあっちだ。  俺とマシューは二人してベッドに横になった。  間接照明の明かりをしぼって毛布を引き上げる。  淡いオレンジの明かりの中で、アンバーの瞳は穏やかなブラウンに見えた。  ちょうどよく腕に収まる体温があるってのはいい。  それでも俺は眠るのが惜しかった。寝て起きたらこのぬくもりを離さなきゃならないって事実は、8時間後の俺にはともかく、今の俺には少しばかりきつかった。  マシューはしばらく俺の背を撫でていたが、ベッドをずりあがるように目の高さを合わせた。  そして、視界をふさぐように俺の頭を抱き込んだ。  そこからの時間はそう長くなかったと思う。  先にマシューの寝息が聞こえてきたので、俺は彼に抱き込まれたまま目を閉じた。  よく眠れた。

ともだちにシェアしよう!