6 / 12

第5話

 マンションが建築し終わると新しい巣を見つけた親鳥のように子育て世代がこぞって引っ越してくる。  そのなかで偶然隣に引っ越してきたのが五十嵐一家だった。  引っ越しの挨拶に両親と共に来てくれた圭吾は四歳とは思えないほど鋭い眼光をしていた。両膝には絆創膏が貼られているが、傷が大きすぎるせいで赤黒くなったかさぶたがはみ出ている。  元気の象徴のような傷跡に晃は気が合わないだろうと判断をくだして母親の後ろに隠れた。  いま思えば、自分はどこか達観した子どもだったと思う。  みんなで折り紙をしたり歌を歌ったり、そういう子どもっぽいことをするのが嫌な偏屈な性格だった。  だから保育園には友だちが一人もいない。でもそれを寂しいとすら思わなかった。  母親が気を使って休日には必ず公園や支援センターなどに連れて行ってくれたが、みんなの輪に入らず一人で遊んでいることを好んだ。  目の前にいる幼子はいかにも活発タイプだ。教室でちゃんばらごっこに熱をあげたり鬼ごっこをする連中を晃は特に嫌っていた。 だが目が合うと圭吾の鋭い眼光が嘘のように消えていく。こぼれ落ちそうなほど大きく目を開き、表情が一変した。  『わたしのこと、おぼえてるか?』  前のめりになって声をかけてくる圭吾に恐怖を抱いた。なんだ、こいつはと母親の足をぎゅっと掴む。  圭吾は別の地域から来たので保育園も違う。それに一人称が「わたし」って女っぽい。  晃の警戒心に圭吾は寂しそうな顔をした。周りと関わろうとしないで一人でいる自分を見る母親と同じ表情に胸の奥がざわめく。  なぜだか圭吾の悲しい顔を見て、申し訳ないと思った。母親にすら言ったことのない謝罪を口にしそうになったが、圭吾はにかっと乳歯を見せながら笑った。  『おれはいがらしけいご。きちんとおぼえておくんだぞ』  黒目がちな瞳はきらりと輝き、雲一つない晴天のように清々しかった。その偉ぶった言い方もどこかさまになっている。  なんとなくこの子は怖くない、と本能でわかった。  『かとりあきら』  『あきらっていうんだな』  小さく頷くと圭吾はくしゃりと笑った。  『これからもよろしく』  その言葉に胸がきゅうと苦しくなった。この子と仲良くなりたい、と本能が訴えかけてくる。  自由奔放でまっすぐな圭吾にすぐ夢中になった。新しい遊びを考えたり、物事への知識の深さなど両手では足りないほどの魅力があった。  傍から見れば俺様でわがままな圭吾に付き従っている下僕という認識だったろうが、圭吾の隣にいられれば周りからの評価はどうでもよかった。  けれど小学生にあがるとなぜか周囲の反応がよそよそしく変わった。特別仲良くしていたつもりはなかったが、浮いているつもりもなかった。  変だなとは思いつつも気にしないでいたら、クラスメイトの一人にどうやら晃がゲイであるという噂が流れているということをこっそり教えてもらえた。  ひゅっと心臓が冷や水を浴びせられたように縮こまった。  どこで圭吾への想いを気づかれたのだろう。  そのときには圭吾を恋愛の意味で好きだった。ゲイなのだろうかと悩んだ時期もあったが、圭吾以外の男には心が震えなかった。  だから、圭吾だけが特別で唯一無二の存在だったのだ。  でも圭吾はこの件に対してなにも言ってこない。  (圭吾に拒否されるまでこのままでいよう)  彼の下僕のように従い、影のように近くにいるようにした。  圭吾がなにも言ってこないことをいいことに自分の想いを優先したのだ。  ルームシェアの話も強引に進めた。圭吾の負担にならないよう家事全般を担い、彼の生活の邪魔にならないように努めた。  圭吾が過ごしやすい環境に整えれば自分といてくれるのだと意味を取り違えているのも気づかないふりをした。  圭吾のものには触らない。部屋には勝手に入らないと自分を律してきた。細心の注意を払いながら生活をしていた、つもりだった。  でも圭吾は我慢してくれていたのだろう。  圭吾の想いを訊くのが怖くて避けていた罰がくだったのだ。  『卒業したらこの部屋を出ようと思う』  鼓膜にこびりついて離れない言葉はいまも晃の心を蝕んでいる。  もう圭吾を解放してあげなくちゃならない。  けれどいまさら手放せるだろうか。温かくて柔らかい皮膚に触れさせてもらえたのにもう二度と触れないなんて信じられない。  砂漠で好きなだけ水を飲んでいいと手渡されたのに前触れもなく取り上げられてしまっても平静でいられないのと同じだ。  こんなことなら圭吾と触れ合いたくなかった。  もうなにも知らないままの自分には戻れない。  目を覚ますと長い睫毛を伏せた圭吾は規則的な寝息をたてていた。昨晩よりは顔色がだいぶいい。  幸福に満ちた心はふわふわとしている。圭吾に抱きしめてもらえたまま眠れた幸せに涙がでそうになった。  また圭吾のことを知ってしまった。  人間は貪欲な生き物だ。  せっかく引いたボーダーラインを一度超えてしまうと理性のたがが外れてしまい、もっと欲しいと願ってしまう。  引き返せないところまで行ったら最後。もう友人としての立場でいられなくなる。  (これ以上触れてちゃだめだ)  起こさないようにそっと布団を抜け出して、扉を閉めた。  音を出さないように家事を済ませ、卒論の仕上げにかかる。  時折圭吾の部屋を覗き、呼吸をしているかを確認しながら忍者になったような気持ちで過ごしているとインターホンが鳴った。  慌てて画面を見に行くと茜と葵の二人がカメラ越しに手を振っている。  転がるように玄関に行くときっちりスーツを着込んだ茜と水色のドレスにティアラまで付けているのにリュックとスニーカーというアンバランスな葵が立っていた。  「どうしたの、急に」  「今日行くって連絡したでしょ」  「えぇ!?」  慌てて携帯を操作すると昨晩メッセージが来ていた。茜と義兄が急な出張が入り、葵を一晩預かって欲しいという内容だった。  「返事してないのに勝手に来るなよ」  「どうせ暇でしょ。ちょっとくらい姉孝行してもいいじゃない」  昔から茜は横暴で口喧嘩しても勝てない。  「急に言われても困るよ」  「バイト?」  「……休みだけど」  ちらりと葵を見ると大きな目を見開いて不安げな表情に変わる。子どもだからわからないと侮ってはいけない。  動物のような鋭い嗅覚で自分の状況を瞬時に察してしまうのだ。  慌てて笑顔をつくり葵に「ちょっと待ってね」と茜の腕を引っ張った。  「母さんたちは?」  「旅行でいないのよ。保育園も泊まりはできないし……お土産買ってくるから許して」  「でも」  トーマとの入れ替わりのことも解決していないのに困る。次起きたらトーマになっている可能性が高い。  圭吾と葵は犬猿の仲でよく口喧嘩をしていた。年齢が離れているのに仲が悪いのかわからないが、気が合わないのだろう。  だからこそ圭吾をよく知っているだけに別人物だと見破られる可能性が高い。  ちらりと見下ろすと葵の表情はさっきよりも曇っていた。  急に両親と離れなくてはならない不安もあるのだろう。零れ落ちそうなほど大きな目には涙がいっぱい溜まっている。 口は達者でも三歳だ。  小さいなりに事情を飲み込んでここまで来てくれたのだろう。  「わかったよ」  「そう言ってくれると思った。着替えとかおもちゃ、保険証なんかはリュックに入ってるから。なにかあったら連絡して」  「はいはい」  「恩に着るわ! 新幹線の時間もやばいからまたね。葵、愛してるよ」  「ママ、いってらっしゃい」  葵を抱きしめてから茜は駆け出して行ってしまった。髪はボサボサでメイクもしていない。デイバックも最低限のものだったからよほど切羽詰まっていたのだろう。  「ダーリン……もしかしてめーわくだった?」  膝を折って視線を合わせると葵の頬に涙が一筋こぼれている。  家族と長期間離れるのなんて初めてに違いない。  しっかりしろ、と膝を叩いてできるだけやさしい笑顔を浮かべた。  「そんなことないよ。ビックリしただけ。お昼ごはん食べた?」  「ママがおべんとうつくってくれたの」  「じゃあ中で食べようか」  「うん!」  手を繋いで部屋に招き入れたはいいが、まだ圭吾は寝ている。  音を立てないようにしたいが葵はリビングへと駆け出してしまった。パタパタとフローリングを響かせる音が過ぎると圭吾の部屋の扉がゆっくりと開いた。  「なんだ、随分騒がしいな」  「おはよう……えっと」  眠たげな顔をしているが間違いなくトーマだろう。ここで圭吾じゃない名前を呼ぶわけにはいかない。  「随分長く寝てたね」  「寝ても寝ても寝たりない。身体が重たい」  二徹したのが効いているのだろう。  トーマはまだ重そうな瞼を一度擦ったあと、晃のズボンに引っ付いている葵に気づいた。  まるで最初からなにもなかったかのように膝まつき、恭しく頭を下げた。  「ご機嫌よう、プリンセス。このような格好で申し訳ありません。今日は何用ですか?」  「……けーご」  ぎりっと圭吾を睨みつける葵は逆毛を立てた子猫のようだ。小さな牙を見せつけているのにトーマは意に返していない。  慌てて間に入ろうとしたがトーマは寝癖頭を忘れるほど人を魅了する笑顔を浮かべた。  「とても美しいドレスにティアラまでつけて。さては舞踏会へ行く途中ですか?」  胡乱げな目を向けていた葵だったが「舞踏会」というワードにぱっと顔を輝かせた。  圭吾がプリンセスごっこに付き合ってくれていると勘違いしたのだろう。  宿敵とも言える相手だがそこはまだ三歳。面白そうな遊びが始まるならどんな敵であろうと飛びつく。  「そうよ。ここでぶとーかいをやるときいてきたの。でもじゅんびができてないじゃない」  「申し訳ございません。いまから準備いたしますのでこちらでお待ちください」  トーマが椅子を引くと葵はえっちらおっちらと登り、背筋を伸ばしてふんと鼻を鳴らした。  すかさず葵のリュックから弁当箱を出して広げてあげると、ニコニコと食べ始めてくれた。  そっとトーマに耳打ちをする。  「さすが王子様、ナイス」  「あのプリンスセスは?」  「僕の姪っ子。急なんだけど今日明日と預かることになって」  事情を簡単に説明するとトーマは大きく頷いてくれた。  「つまり私だと気づかれなければいいのだな」  「でも圭吾とはなぜか気が合わなくて……もしかしたらトーマの王子様風の方が合ってるかも」  「なるほど。それなら得意だ」  「あまり変なこと吹き込まないでよ」  「わかっている」  トーマが顔を洗って身支度を整える間に葵は弁当を完食し、汚れた口元をティッシュで拭ってあげた。  「それでぶとーかいはまだかしら?」  「もう少し時間がかかるそうです。それまでこちらで遊びませんか?」  リュックに入っていたぬいぐるみをトーマが渡すと葵はふんと鼻を鳴らした。  「そんなこどもっぽいあそび、すきではないわ」  「では私は遊んでいてもよろしいですか?」  「かまわなくってよ」  トーマはうさぎとねこのぬいぐるみを持ち、人形劇を始めた。  「ご機嫌よう、うささん。今夜のパーティーの話お聞きになりませて?」  「もちろんですわ。隣国の王子様がいらっしゃるんでしょう」  「そうなの。どのドレスにしようかしら」  「めいっぱいおしゃれをしないとね」  トーマの一人遊びに興味がそそられたのか葵はジリジリと近づき、くまのぬいぐるみを取り出した。  「ではパーティーのまえにエステに行きませんか?」  「エス……? いいわね」  「そうしましょう」  二人はとことこと洗面所まで行き、楽しそうな声がこちらにまで響いてくる。  トーマは子どもの扱いがうまいらしい。意外だ。  王子様だから乳母がいて、子どもの面倒なんてみないだろうに。  (こんなこと思ったら不謹慎だけど圭吾じゃなくてよかったかも)  圭吾と葵は顔を合わせるたびに喧嘩をしていた。どちらが晃の隣に座るか、廊下を走っただの低レベルな争いをしていて家族全員呆れていた。  けれど葵が赤ちゃんの頃は嬉しそうに抱っこしてくれていた。その様子が結構似合っていて「きっといい父親になるね」と茜も褒めていたくらいだ。  「いけない。とりあえず舞踏会の準備かな」  舞踏会のしきたりはよくわからないが、誕生日パーティーのような飾り付けをすればいいか。  クリスマス用のガーランドを飾り、お菓子を用意した。ホットケーキミックスで簡単なケーキを焼いていると匂いに釣られて二人がキッチンを覗いてきた。  「いいにおい」  「いまケーキ焼いてるからね」  「わたし、クリームいっぱいのやつがいい!」  「じゃあ買いに行こうか」  「うん!」  三人でスーパーに行き、夕飯用の食材とジュースやアイスをたくさん買い込んだ。帰りがけに公園でも遊び、葵は終始楽しそうにしてくれている。  帰ってから急いでハンバーグとグラタンを作り、ケーキもなんとか仕上げた。  「ぶとーかいみたい!」  葵は目を宝石のように輝かせて、テーブルに並んだ食べ物や壁に飾ってあるガーランドを丁寧に見回した。  雪だるまやツリーの飾りつけはどちらかといえばクリスマスパーティーっぽいがそこはどうでもいいらしい。  葵はドレスの裾を掴んで頭を下げた。  意味が解らず固まっていると「踊るのだ」とトーマに耳打ちされた。  「ダンスなんて踊ったことがないよ」  「楽しければなんでもいい」  それもそうか。自分もたぶん葵も舞踏会がどういうものかはちゃんと理解していない。   葵の気持ちに応えられればそれで充分なのだ。  葵の紅葉のような小さな手を取り、身体を揺らしながら踊った。見様見真似だったが、トーマの鼻歌に合わせると自然とさまになっている気がする。  交代しながら夜が更けるまで踊り続けた。  風呂から出るとリビングが暗く、圭吾の部屋から豆電球が漏れていた。中を覗くと葵をベッドに寝かせ、とんとんとリズムよく布団を叩いているトーマの姿がある。  晃に気づくとそっとやってきて、二人でリビングに移動した。  「ごめんね、任せちゃって」  「問題ない。心安らかな時間だった」  にこりと笑うトーマに嘘偽りがなさそうでほっとした。  わんぱくな葵の子守りで疲れただろうにその表情からは一切の疲労が見られない。  「子ども好きなの?」  「兄二人の子どもたちとよく遊んでいたから慣れているだけだな」  「王子様でもそういうことするんだ」  でも確かにトーマなら一緒に遊んでくれるような気がする。  鬼ごっこやかけっこ、木登り。子どもが好きそうな遊びをやって、誰よりも楽しんでいる姿が目に浮かぶ。  トーマのお陰で葵は楽しかったはずだ。両親と離れなければならない寂しさをちょっとでも埋められたに違いない。  「トーマって実は優秀な王子様なんだね」  「実は、は余計だな」  「ごめんごめん」  顔を見合わせて笑ったがトーマの表情にふと影が入る。  「私はただのスペアにすぎん」  「スペア?」  「第三王子だからな。王位継承権はないし、一族を繁栄させる種馬くらいにしか思われていない」  「そんな」  トーマの横顔が暗くなる。夜の闇に溶ける影は濃くて深い。  自分の置かれていた状況を辟易しているのだろう。険しい表情はトーマに似合わない。ぐっとこぶしを握った。  「じゃあシリウスさんと会えてよかったね」  「人生最大の幸運だよ」  愛おしい恋人の名前を出してあげるとトーマの顔が明るくなった。やはり彼には笑顔が似合う。  「でもなかなか見つからないよね」  「構わない。むしろこっちの世界にはいない方がいいのかもしれん」  「どういう意味?」  問いかけるとトーマは悪戯を咎められた子どものように泣き笑いの表情になった。あまり踏み入ってはいけないのかもしれない。  でも自分は訊く権利があるのではないか。寝食を共にし、短くもない時間を一緒に過ごしている。  友だち、と呼んでも差し支えないだろう。  「どうしてシリウスさんはこっちにいない方がいいの?」  もう一度尋ねるとトーマは窓から漏れる月を見上げた。もうだいぶ月は欠けてしまい半分になっている。雲一つない夜空でも明るさはどこか物足りない。  「私は死んでいるのだ」  「え?」  トーマの言葉が信じられず鼓膜を通り過ぎる。意味が飲み込めない。  トーマはいま目の前にいるのではないか。話してご飯を食べて寝て。  圭吾の身体を通して、いま、この瞬間も生きている。  「死んで、目が覚めたらここにいた。だから圭吾のときは暗い闇のなかに閉じ込められているのだろう」  「死んだって……どうして」  自分の声が震えている。視界が歪み、泣いているのだと気づいた。目で擦ると堰を切ったように涙が溢れてくる。  「私は種馬だと言っただろ。その役目を果たせなかったからだ」  「シリウスさんを愛してるから?」  「そうだ」  「……自殺したの?」  「処刑されたんだ」  「なんて……酷い」  「なにを言うんだ」  トーマはどこか自虐的に笑った。  「圭吾の卒業論文がそうだったじゃないか。中世ヨーロッパでは同性婚は認められず、処刑されたと」  「でもそれは昔の話で」  「私にとっては『いま』なんだよ」  月明りに照らされたトーマの表情からは悲壮感が漂っている。同性を愛しただけで殺されてしまった哀れな王子様。  どうして誰かを愛しただけで罰せられなければならないのだろう。  誰にそんな権利があるのだろう。  ただ二人は愛し、愛されて幸せに過ごしていたに違いない。  「私たちのために泣いてくれるのだな」  頬を撫でられる手は大きくて温かい。間違いなく圭吾の手なのにトーマの手のように感じられる。それは彼の手つきがあまりにもやさしいからだろう。  泣きそうに顔を歪めるくせに一滴も涙を流さない強情なトーマはへたくそな笑顔を浮かべた。  「シリウスと別の世界で会えるようにおまじないをしたんだ」  「だからこっちの世界で会えるかもって思ったの?」  「そうだ。でも会えなくてほっとしている気持ちと会えなくて残念に思う気持ちがある」  「複雑だね」  こっちで会えたらシリウスは死んだことになる。でも会えなかったら元の時代で一人寂しく生きているのかもしれない。  そのどちらも悲しいことに変わりがなく、死んでしまったトーマはただシリウスの幸せを願うことしかできないのだ。  「晃はシリウスに少し似ている」  「どの辺が?」  「他人のことをやさしく想えるところ」  「それはトーマが圭吾と入れ替わってるからだよ。他の人だったらここまで世話を焼かない」  「私は運がよかったな」  「そうだよ」  きっと圭吾以外の人だったら放っておいた。晃の世界には家族と圭吾以外、大切な人はいない。  どこで野垂れ死のうが困っていようが関係ないと無視を決め込んだだろう。  でもトーマは違う。  最初は圭吾という人質があったから、話を聞いて行動を共にした。トーマのことを知り、いつしか彼の願いを叶えてあげたくなった。  傍若無人な王子様だが、振り回されても楽しいと思えるようになった。いつも晃では考えつかないような言動ばかりするので大変なときもあるけど、それに振り回されて楽しいと思う自分もいる。  (きっとシリウスさんもこんな気持ちだったのかな)  トーマの想い人がどうか幸せな道を辿っていることを月に願った。

ともだちにシェアしよう!