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第4話
美波が起きるのを待ちながらぼんやり本を読んでいたのだが、そろそろ夕食の時間だなと思い何か用意をしようと立ち上がる。
一応美波の分も必要だろうと冷蔵庫を覗く。
食事は別に嫌いではないのだが、どうしても自分が食べる分を作るという行為に興味があまりにもないのだ。
「おー。キャンディチーズがある」
冷凍庫から冷凍された鮭を取り出して、フライパンにテフロン加工が施されたアルミホイルを適当な長さ出す。
アルミホイルの上に鮭を2切れ乗せてIHのスイッチを押した。
自分で買った筈なのに、完全に忘れていたキャンディチーズを冷蔵庫の中で発見したので取り出した。
フィルムをほどいて口の中に放り込み咀嚼しながら、鮭と一緒に冷凍庫から出しておいた玄米入りのごはんを1人前ずつラップでくるんだ物を2個電子レンジに放り込む。
食器は1人分しかないので美波にはワンプレートで許してもらおう。
そんな事を考えながらお湯も沸かす。
「上出来ではないでしょうか?」
少しでも見映えが良い様に皿の上に鮭と玄米入りごはんにキャンディチーズを乗せ、インスタントの味噌汁をマグカップに入れて何処かのパーティーか何かで貰ったお盆を引っ張り出してきて乗せる。
ちょっと野菜が足りないかとも思いつつ、無いものは仕方がない。
家での食事などさっと腹を満たせればいいのだ。
とりあえずまずは自分が食事を済ませようとアルミホイルのまま先程皿に移した玄米がくるまれていたラップの上にアルミホイルを置いて鮭をほぐす。
ほぐれた鮭を食べながら、温めた玄米をおにぎりの様にしてラップをずらしつつ食べる。
味噌汁も面倒なので水を飲みつつ自分の食事を終えた。
使った箸だけ洗い、ラップやアルミホイルはそのままゴミに捨てる。
「ひっ!こ…どぉ…」
「おや。起きましたか?」
片付けをしている間に、やっと目が覚めたのかソファーの方から声がする。
お盆を持ってそちらに向かうと起き上がってキョロキョロとする美波とパチリと目線が合う。
私と目が合った瞬間にはじめて人間を見て驚いた野生動物の様に身体を揺らしソファーから転げ落ちる。
慌てて駆け寄ろうとするも、美波は焦って立ち上がろうとして上手くいかずズリズリと部屋の隅へと逃げていく。
「だ、だぇ…。みさきは…」
「こんにちは。久しぶりですね佐藤くん」
怯えながらもキョロキョロと辺りを見回している美波を驚かせない様に、サイドテーブルに食事の乗ったお盆を置いて少し離れた場所に膝をついて目線を合わせる。
距離を詰めすぎない様に名字から呼んでみるが何も反応もなく怯えた顔でこちらを見ていた。
這って移動したせいでスポーツウェアのズボンが脱げて美波の手前に落ちている。
頭を守る様に身体を小さくしながらこちらの様子をじっと見ている。
「お腹すいていませんか?」
お盆に手を伸ばそうと身体を傾けただけでも美波はビクッと肩を揺らし怯え更に小さくなる様に壁に限界まで身体を密着させている。
今日はこれ以上近付けないだろうと思って少し距離を置いた。
私が離れると明らかにホッとしている。
「好きに食べていいですからね?」
私がお盆を指差すと指の先を見ているが、美波は頷きもしない。
私の事をじっと観察しているだけだった。
もしかしたら、しばらくはあそこから動かないかもしれないと思いソファーに大きめのブランケットを持ってくる。
少し観察しているが、一切こっちを見ずに私が動く度にビクッと身体を震わせ怯えていた。
「水分だけでもとりませんか?」
美波が壁際に避難してから半日以上経っても、その場から動かなかった。
私が居ると食べにくいかと思って食事に軽くラップをして夕食の買い物に出掛けたが、帰ってきても食事に一切手がつけられていない。
しかし無意識なのだろうか、定期的に腕をポリポリと掻いているので何かしらの痒みがあるのだろう。
流石に半日以上水分補給すらしていないので喉が乾いたかと思ってコップに水を差し出すが、相変わらずこちらをじっと見ているだけだった。
「はぁ。そろそろまずいか…」
時計を確認しながら大きなため息が出た。
うちに来てから12時間が経とうとしている。
食事をしないのは警戒心剥き出しのせいで仕方がないが、流石水分とらず12時間トイレに行かない状態は、脱水症状や腎機能低下の危険性があり体に大きな負担がかかる危険な状態だ。
コップの他にも少し深めの皿に砂糖と少し塩を混ぜた簡易的な経口補水液を作り、美波はサイドテーブルに近付かないので仕方なく床に皿と新しく作り直した食事を置いて部屋を出た。
もしかしたらトイレなどにも警戒して行けない時の事を考えてペットシーツとオムツを買って来ようと急いでドラッグストアに走る。
「良かった。水は飲んだんですね」
ペットシーツとオムツを買って帰ってきた。
リビングに戻り、美波の様子を見るとコップの水と食事には手をつけていなかったが、皿の水は全て飲み干してあり少し安心する。
ペットシーツを広げ美波の近くに置くと、こちらをチラチラと見ながらも下着をおろしはじめた。
流石に驚いてトイレに連れていこうと近付こうとしたところで、大きく足をあげてペットシーツに向かってしはじめたので私は開いた口が塞がらなかった。
私は犬でも貰って来たのだろうか。
いや、状況がおかしくてもとりあえず排泄は済ませたのだからよしとしよう。
腎機能低下のリスクは回避できたのだから。
下着をペットシーツの横に脱ぎ捨てたまま、また部屋の隅へと逃げていく美波を見ながら頭痛がした。
「いや…本当に何やっても上手くいかないんですけど」
ペットシーツを片付けつつ、キャリーケースとゴミ袋をゴミのステーションに持っていった。
流石に疲れてしまってこのまま寝ようと寝室に帰り寝たのだが、翌朝水は皿からなら飲んであった。
排泄も私がペットシーツを敷いたら私が目の前に居る時に足をあげて恥ずかしそうにする。
色々おかしいがそこまでは良かった。
本当に何をしても物を食べないのだ。
玄米入りのごはんをやめて白米にもしてみたし、固形ではなくお粥状にもしてみた。
工夫をしてみても一向に食べないので、これは彼なりのストライキかと思いながら皿に水を補充してから息抜きに大切な人のお見舞いに来た。
「航くんはどう思います?」
沢山の管に囲まれた人物に私は声をかける。
シューシューと人工呼吸器と心拍数を測るパルスオキシメーターのピッピッという音が部屋に響いている。
海外での学会の為に教授と別行動で空港に向かう途中に車を複数台巻き込む大きな事故がおきた。
その一台がベッドに管で繋がれている私の一番大切に思っていて、はとこにあたる如月 航 が乗った車だった。
幸い運転手も航くんも命は助かったが、如月家の執事である運転手の瀬戸は足を挟まれ後遺症が残る大怪我を負い、後部座席に居た航くんはシートベルトが外れ車外に投げ出された。
頭や全身を強く打ち意識不明の重体で病院に運ばれ一命は取り留めた。
そして、完全に身体が回復して数年が経つが未だに意識が戻らない。
航くんへの面会は厳しく制限されているが、何時に来ても受付担当から事務長へ話が行って快く通して貰えるのだ。
「航くんみたいに扱いやすければ良かったんですけどね。航くんも早く目を覚ましてくださいよ。体力お化けのくせに…何で目が覚めないんですか?」
私は点滴のチューブが刺さった航くんの手を優しく持ち上げてそっと撫でる。
航くんは快楽に弱く、ありがたい事に一時期セフレをさせてもらっていた。
しかし、航くんのあまりのフィジカルお化けぶりに私の体力が持たないと根をあげて親族や掲示板で航くんのお相手を探し航くんに“ご奉仕”していたことがある。
元々航くんの事は初恋だった。
付き合えればラッキー位に思っていたが、どうしても家同士のしがらみの事を考えると一歩踏み出せずにいたら身体の関係ができてあれよあれよと航くんは快楽に目覚めてしまった。
しかも厄介な事に被虐心が開花してしまって遂に私の手に負えなくなってしまったのだ。
しかも体力もありメンタルも強いとくれば、私一人の手には負えない。
私は私で手軽に済ませられる相手を複数人キープしつつ、航くんへ“ご奉仕活動”の手伝いをしていた。
そんな航くんみたいに、美波もメンタルが強ければこんな悩みも芽生えなかっただろうと大きなため息が出る。
「弱音を吐いても仕方がありませんね。また来ます」
少しカサついた航くんの手を優しくシーツの上に戻してベッドサイドから立ち上がる。
椅子を窓際に押しやりもう一度航くんの顔を覗き込んだ。
美波同様青白い航くんの顔を見ながら、自分が頑張るしかないかと気持ちを新たなする。
「ただいまかえりました~。はっ!嘘だろ!」
家に帰ると、美波がぐったりとしてうずくまっている。
私は慌てて駆け寄って抱き上げた。
顔色を伺うと、青白いを通り越して血の気が引いていて真っ白で明らかに貧血な事が分かる。
私はある所に電話をしつつ、ソファーの上の触った形跡すらないブランケットを掴んで美波をくるんで車に急いだ。
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